滎陽の廃帝
水城洋臣
盲目の侯爵
後漢王朝を興し、漢を再興させた
かつて
しかし現実を無視した理想主義者であった王莽の統治は十年と経たずに瓦解し各地で反乱が勃発。そうした反乱の多くは、高祖・劉邦の血を引く者たちが漢の再興を旗印にして立ち上がった物である。
そんな戦いを勝ち抜いたのが、光武帝・劉秀であったわけだ。
その劉秀によって倒された赤眉政権で皇帝として擁立されていたのが劉盆子である。
しかし劉盆子は、擁立された時点では十歳にも満たぬ幼子であり、劉秀によって政権が倒れた時も十代の中頃。結局は最後まで実権の無い
初めは光武帝の叔父にあたる
劉盆子が滎陽に封じられて間もなく、劉秀が見舞いに立ち寄った事があった。洛陽から近い事もあって供回りもそこそこに、個人的な訪問である。
立ち上がって皇帝への拝礼をしようとした劉盆子に対し、「病人が無理をするな。今日は個人的な訪問なんだから必要ない」と、劉秀は笑顔で諫めた。
「本当に陛下には、何度
「あの時、俺はお前の命を助けると言った。そう言った以上、最後まで責任を持たないとな。もしお前が野垂れ死んでしまえば、劉秀は一度した約束を反故にしたとか噂が立ってしまうだろう」
およそ皇帝らしからぬ、冗談めかした砕けた口調の劉秀であったが、そうした政治感覚の高さは折り紙付きであった。しかも乱世において常に先頭に立って戦った戦上手。法整備をはじめ統一後の統治も安定し、部下からの信頼も厚い。
そんな劉秀を前にすると、劉盆子は同じく皇帝の位にあった自分とつい重ね合わせてしまう。
ただただ周囲の者たちに言われるがまま皇帝となり、戦も政治も何もわからぬまま、ただ裁可を下すだけ。気が付けば治めていた領地は乱れに乱れており、劉秀の軍によって追い立てられる事になったのだ。
「あの頃の私に、あなたのような才覚があれば……、そう思わずにはいられません」
「おいおい、もしそうだったとしたら、俺はお前を斬ってたぞ。その意味では良かったよ」
やはり冗談めかしているが、劉秀の言葉は本心である。もしも赤眉政権を実質的に支配していたのが建世帝・劉盆子であったのならば、例え十代の少年であったとしても、その首を落としていたであろう。
そこには恨みも同情もない。個人的な感情の問題ではなく、天下の安定の為にはどうするべきかという俯瞰した判断だけがあった。
この人が皇帝になってよかった。劉盆子は心からそう思った。そして自分の余生は、こんな病床の自分でも出来る範囲で、この人を、そしてこの王朝の安定の為に尽くそうと決意したのである。
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