【最終話】第九膳 とっておきのデザートをキミに
💎今回は、いつもの「前半をお題、後半を回答」という形ではなく、お題を膨らませる形で書かせていただきました。
💎
こんにちは。
さようなら。
桔梗に想いを伝えたあの夜から一年半。わたし達の間にはたくさんの「こんにちは」と「さようなら」があった。
「午前0時の食卓」は、幾つかの「さようなら」とたくさんの「こんにちは」を繰り返し、少しずつ大きくなっている。先月は、桔梗がインタビューを受けた記事が雑誌に掲載された。
タイトルは「昼と夜、異なる時間を生きる夫婦の形―私の夫は吸血族」だ。
わたし達は、桔梗の妊娠を機に入籍した。
一般的に、吸血族は結婚することが難しい。その要因の一つが親や周囲の目なのだが、わたしに関してはその点が非常に恵まれていた。
桔梗のご両親や「午前0時の食卓」のスタッフ達は皆、祝福してくれた。中には色々言ってきた親戚もいるが、そのくらいは仕方がない。
わたしの両親に妊娠の報告をし、同時に入籍することを告げた時、父ははしゃぎ過ぎて手がつけられなかった。普段は割と穏やかなのだが、この日は桔梗が軽く引くくらい騒いでいた。
母はわたしの話を最後まで黙って聞いていた。
母がこの話を受け入れてくれるか、ずっと気がかりだった。だが母は話が終わると静かに立ち上がり、桔梗の両手を強く握った。
俯き、肩を震わせて「ありがとう」と繰り返し呟く母の姿を見て、鼻の奥がつんと痛くなる。
母は厳しい人だ。吸血族に対する目も世間一般とあまり変わらず、「午前0時の食卓」の活動にも冷めた目を向けている。
それでも母は確かに、深い愛情をもってわたしを大切に育ててくれた「母」なのだ。
多忙と妊娠が重なったため、結婚式や新居選びをしている時間がどうしても取れなかった。そのため今日に至るまでずっと、あのアパートに二人で暮らしている。
これから先、わたしが桔梗のためにできることは何だろう。
今よりもう少し広い家を探し、『ただいま』と『おかえり』を言える場所を作ること。
『いただきます』と『ごちそうさま』がある食卓と料理を作ること。
そうして想う心を丁寧に紡ぎ合い、繋いでいくこと。
明日、桔梗が入院する。体調面から予定帝王切開を行うことになったからだ。
明後日、わたしは父になる。
「れっちゃん、あとお願いね。引継ぎOKかな。新しいスタッフさんの教育とか、動画もストックないし、イベントの日までに」
「ほらもういいから。ご飯だよ。考え事なら、『今夜のシチューは何杯食べよう』くらいにしておきなって」
大きなお腹でノートPCにかじりついている桔梗を机から引きはがし、栄養たっぷりのクリームシチューをすすめる。
普段ならわたしも一緒にテーブルにつくのだが、今日はそのままキッチンでデザートの仕上げに取りかかった。
食事の最後を締めくくるデザート。今までは体重管理をしてきたが、ここまで来たらカロリーなんて気にしない。
甘くて、優しい味がして、頬が落ちそうになる、そんなとびっきりのデザートは、いちごのタルトだ。
アーモンドクリームの入った小ぶりのタルト台を取り出す。元気な色に焼け、甘く香ばしい香りを漂わせていて、これだけでも美味しそうだ。
そこにカスタードクリームと生クリームを合わせた、ディプロマットクリームを絞り出す。バニラビーンズをまるごと使ったクリームは、幸せの香りを振りまきながら、アーモンドクリームの上にふんわりとろりと広がっていく。
いちごを乗せる。薄切りにして上品に乗せようかとも思ったが、ここは豪快にごろごろ詰め込んでみた。
男前な風貌のいちご集団の表面にいちごソースを塗ると、つやつやと嬉しそうに輝きだす。
さて。これで準備は完了。
前掛けを外して小さな皿に切り分け、いちごソースで皿に模様を描く。
最後にいちごの花を一輪添える。
いちごの花言葉は「幸福な家庭」だ。
「召し上がれ、二人とも」
こんにちは。
さようなら。
光を失ったかと思った「さようなら」から、紅子との、光を取り戻した「こんにちは」と「さようなら」。
桔梗との、永遠を誓った「こんにちは」。
そして少しの間の「さようなら」の後に、新しい命との「こんにちは」がやってくる。
育児の大変さは、周囲からたくさん聞いている。成長途中の「午前0時の食卓」も育てていかなければならない。わたし達にはこれから、結婚式も新婚旅行もお預けの、忙しい日々が続くのだろう。
でも今は、この甘い甘いタルトを、ゆっくりゆっくり堪能してほしい。
初夏の太陽のような笑顔と共に、桔梗が手を合わせた。
「いただきます!」
【おしまい】
午前0時の食卓 玖珂李奈 @mami_y
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