第48話・終点

 異世界は線路でつながった。ヴァルツースから敷設した鉄製レールが、ついにラトゥルスへ到達したのだ。

 城壁の外、草しか生えていなかった野原はジャガイモの葉で覆われていた。長い戦い、それより長い線路敷設の時間を感じさせる光景だった。


「祈祷師様!」

「テレーゼア様!」

「男爵イモオオオオオ!!」


 電気機関車から舞い降りた祈祷師様は、新しい世界の誕生を宣言した。


「互いに手を取り合い、支え合い、助け合う世界が生まれました。この世界は双頭の赤龍がもたらしたジャガイモに満たされ、武器が姿を変えた鉄のセンローでひとつに繋がったのです」


 ラトゥルスは歓声に湧いた。踊る人垣が彩っている城への道を祈祷師様、俺とパンタ、騎士団長、そして善戦してくれた兵士たちが凱旋する。


 城に入ってすぐ、祈祷師様の指示により式典の準備が進められた。

「ありがたいんですが……元の世界へは帰れないんですか?」

「ええ……サガのため、神に祈りましょう」


 祈祷師様は、物憂げにうつむいた。貨物列車でともに旅をし、敵国を撃破して世界を統一したのだから、名残惜しいのは理解する。

 大変だったけど、俺だって楽しかった。


 でもここは、俺がいるべき場所じゃないんだ。

 日本では貨物列車が運転士ごと行方不明だと、大騒ぎになっているはずだ。ハチクマのように、あるべきところへ帰らなければいけない。


 でもなぁ……。


 機関車も貨車も矢を喰らって満身創痍、肝心の荷物はすべて配ってしまっている。あるのは不燃ゴミだけだ。

 この状態で帰ったら、俺はどうなる? はじめに憂慮した事態になるのは間違いない。


 俺は、日本に帰って幸せになれるのか──。


 祈祷師様が意を決して、神に祈りを捧げた。

 俺はまばゆい光に包まれて、身体は真綿に抱かれたように浮遊した。


 さようなら、ラトゥルス。

 さようなら、祈祷師様。


 この世界を救ったんだ。迷惑をかけたすべてに謝罪して、胸を張って生きていこう。


 ふわりと、着地した。

 真っ白だった視界が晴れて、目に映った景色に驚愕した。


「あれ!? 祈祷師様!? ここ……ラトゥルス!? えっ!? 何で!?」

「帰したのは、双頭の赤龍だけです」


 城の階段を駆け上がり、バルコニーから歓声が湧く外を眺める。城の外に停まっていた貨物列車は、線路を残して消えていた。電気機関車も貨車もコンテナも日本に帰ったようだ。会社が荷主に行う補償を考えると寒気がする。だがラトゥルスに取り残された俺には、どうすることも出来ない。


 絶句した……頭が真っ白に包まれた……。

 とりあえず、会社や荷主に怒られずに済んだ。


 俺を追った祈祷師様は隣に並ぶと、視線を逸らして頬を染め、もじもじしながら口を開いた。

「サガ、貴方はこの世界に必要なのです。故に、貴方だけは残すよう、神に祈ったのです」


 マジすか……祈祷師様の希望でしたか……。


「改めて爵位を授けます」

 祈祷師様は向き直って顔を上げ、俺を真っ直ぐ見つめた。交わす視線が胸に届いて、苦しいほどに鼓動が高鳴る。


「ラトゥルスの王になってください」

「王!? だって今、男爵ですよ!?」

「そして私は……王妃に……」


 王妃!! ……つまり、それって……。


「サガ……この生命が尽きるまで、私とともに」

「謹んでお受け致します。これから俺が握るのはハンドルじゃない、牽引するのは貨車じゃない。ラトゥルス、そして世界の命運だ。祈祷師様……もとい、王妃テレーゼア」


 バルコニーの俺たちにラトゥルスの民が声援を送ってくれた。一介の貨物列車運転士に王がつとまるかは、わからない。でも、俺はやるぞ。みんなのため、世界のため。


 期待に応える決意を胸に手を振り返すと、鉄道馬車が城門前に停止した。荷馬車は3両連結だ、さっそく高速大量輸送を実現している。流通革命が世界を変える、それを感じさせる光景だった。


「金属加工技術に力を入れましょう。俺の世界で昔、湯沸かしを力に変えて動力にしていました。蒸気機関と言います。それがあれば、もっと多くの人や物を速く、たくさん運べます」


 熱く語っている俺に、王妃テレーゼアはふわりと笑いかけた。

「サガ王? 貴方の世界は、ここですよ」

「そうでした……」

 はにかむ俺に、王妃は力強い眼差しを向けた。俺は、同じ視線を王妃に返した。

「サガ王、民に宣言しましょう」

「ええ。俺の戴冠と、王妃の誕生を」


 バルコニーから声を張り上げ、サガ王とテレーゼア王妃の宣言をした。

「サガ・ユース男爵は王となり、王妃となる祈祷師テレーゼアとともにラトゥルスを、そして世界を牽引する!」

「サガ! 抜け駆けしやがったな!? ジャガイモ野郎、ふざけるなあああああ!!」

 テレーゼアを奪った俺に向けておびただしい罵声が男たちから飛ばされたのは、言うまでもない。


 前途多難じゃないか……異世界転移。助けて、神様──。

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ジャガイモ満載貨物列車が異世界転移し無双する 山口 実徳 @minoriymgc

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