桃花源郷
斎藤流軌
第1話
あいにくの雨に、
「
見かねた
「客人にこんなことを頼んで、面目ない。日を改めようと言ったのだが、あの強情者が承知しなくてね」
強情者とは、新郎の
「そういえば奉倩は、身支度中ですか」
邸内を荀顗と駆けまわるが、荀粲の姿を見かけない。たずねると、荀顗はいっとう重い荷物を、傅嘏の腕へ落とした。
「迎えに行った」
「花嫁を迎えに行くのは、夕刻でしょう」
「そうだろう? それが普通だと、君も思うよな」
荀顗は憤りを抑えきれなくなったのか、声高になってまくし立てる。
「
四百年続いてきた漢王朝が、ついに幕を下ろし、最後の帝である献帝が、臣下の
「だというのに、あいつはまったく、自分の立場というものがわかっていない。
荀顗は奥の部屋へたどり着くと、いらだちそのままに重い荷を床へ放った。
「こんな婚が、うまくいくわけがない」
そう言いはなった時、表の方から、人のざわめく声が聞こえてきた。
二人が表に出て行くと、花嫁飾りをした小さな馬車が、いきおいよく庭に飛びこんで来たところだった。
車を引く馬に跨がっているのは、他ならぬ新郎の荀粲である。
真紅の衣装をまとい、整えた髪の上に冠をかぶっている。ふだんのだらしない姿からは想像できない、凜々しい花婿姿であった。
「おい粲、どういうつもりだ」
「兄上、ちょうどいい。手伝ってくれ」
駆けつけた兄の方へ傘を投げると、荀粲は車の戸を開いて、中へやさしく声をかけた。
荀粲の呼び声に応じて、内から白くほっそりとした手がのびてきた。荀粲がその手を引き寄せると、小さな悲鳴をあげた新婦が、彼の腕の中へ飛びこんだ。
真紅の華やかな衣装が揺れ、焚きつけられた香の
「そら、どいたどいた」
新婦を抱きかかえると、荀粲はぬかるみを踏むのもかまわず、母屋へと走りこむ。
傘をさした荀顗が、あわててそれを追いかけた。
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