第7話
その年の暮れ、大陸の南西から不吉な風が流れてきた。はやり病である。
高熱を出し、幾日も床へ伏せっている。医者にも診せたが、もともとの体力が弱いため、病に打ち勝つことができないのだろうと言われた。
幼い頃から、邸の奥で大切に育てられてきた曹回に、体力などあろうはずがない。
「回、回……」
呼びかけながら、彼女のやせた頬や手をなでる。嫁いできた時は白かった手が、日に焼け、水にさらされてすっかり傷んでしまった。
部屋の中では、四六時中火鉢が焚かれ、生ぬるい空気が満ちている。曹回が伏せってから、香のかおりは絶え、今はただ青臭い薬のにおいばかりが不吉に漂っていた。
曹回が身をよじり、何かにあらがうように声を出した。力の入らない腕が、体にかけられている上掛けを、払いのけようとする。
「どうした。暑いのか、重いのか」そう呼びかける声も、曹回の耳には届かぬらしい。
曹回の魂が、どこかへさらわれてしまうような気がして、あまりのおそろしさに、荀粲の心の臓は止まってしまいそうだった。
「
「だが、知恵が足りないと聞いたぞ。そのために、嫁のもらい手がないと」
「まあ側室であれば、それでもいいんじゃないか」
一年前のこと、春の浮ついた空気が漂う街中で、こんな会話を耳にした荀粲は、「ふん」と鼻を鳴らした。
「野豚のような奴らだ」
しかしふと興味をそそられて、足のおもむくままに
粗末な身なりの男が来たと、曹家の家人はあやしんだが、荀粲は得意の弁舌で相手を言いくるめ、押し入るように邸内へ入った。
庭に見とれるふりをしながら、さらに奥まった内庭へ忍んでいくと、一陣の風が吹き、桃の花が散って荀粲の視界を覆った。鼻をくすぐられて思わずくしゃみをすると、東屋にいた娘が、驚き立ちすくんだ。
桃の庭の中、まるで花の色と同化するような、あでやかな色の衣をまとった曹回がいた。
彼女の姿を見た荀粲の脳裏に、ある伝説が自然によみがえった。
道教の神仙の一人に、
荀粲は桃の庭から女神をさらい、不器用なりに彼女を慈しんできた。しかし無情にも曹回は病におかされ、今まさに命を落とさんとしている。
荀粲は後悔をふり払うように立ち上がり、寝室の外へと飛び出した。
寒空からしんしんと降り積もった雪の表面を、雲間からのぞく月の光が照らしている。
月の大きな
身にまとわりついていた死のぬくもりが離れて、凍てついた清浄な空気が肌にしみる。
荀粲は氷のような石畳に踏み出すと、雪の中へ、ためらいもなく裸身を投げ出した。
体が雪に沈む音が、にぶく響いた。
雪の上へ倒れ、そのまま死んだように動かなくなるが、しばらくすると突然身を起こして、今度は背中から雪の中へ埋まった。
青ずんだ空から、無数の雪の粒が、荀粲の方へ向かってくる。肌に吸いついた雪がゆっくりと溶けて、涙のように頬を濡らした。
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