第8話
外から吹きこんだ寒風が、寝室の灯りを吹き消す。
凍った体の感覚が、
しばらくして、意識を取り戻した曹回が、「あなた」と、荀粲の姿を探した。
「ここにいる」
そう答えた唇は凍り、声が震えていた。
曹回は荀粲の腕の中で身じろいで、彼の方をふり向く。そして夫の冷たい頬に手をあて、ふしぎそうな顔をした。庭に積もった雪の輝きが、その表情をあわく照らしている。黒く濡れた瞳が荀粲を見つめて、弱々しい指が、彼の睫毛をつついた。
「きれいね」
指先についた雪を見て、曹回は呟いた。
「雪を持ってきてくれたの? ありがとう」
贈りものをもらったときと同じように、曹回は嬉しそうな顔をした。先ほどまでうなされていたのが、うそのようである。
「私ね、贈りものをされるのが大好きなの。父上も、あなたも、私にたくさんの贈りものをしてくれたわ。どれも嬉しかった」
「うそだ。偽物の玉をつかまされた時、文句を言っていたじゃないか」
二人は夜更けに降る雪のように、小さな声で言葉をかわす。
「あなたをだました人が、恨めしかったから。けれどあなたが贈ってくれたものだもの。大切にしまってあるわ」
そこで少し言葉を切って、曹回は「ごめんなさい」と言った。
「私は、あなたに何も贈れなかった。妻らしいことは何もできなくて、子どもも産めなくて、病気になって」
曹回の口から出た思いがけない言葉に、荀粲は息を詰まらせた。それは周囲の人間たちがしきりに言う、曹回の評判であった。
陰口をたたかれても、曹回はのんきな顔をしていた。それを見て、荀粲はどこか安心していた。彼女の鈍感さが、その純粋な魂を守っているのだと思っていた。しかし、そうではなかった。
庭の花木も、部屋に焚く香も、どれも過剰に過ぎることはなかった。見る者嗅ぐ者を決して驚かせず、それでいて心にみずみずしい感情をもたらす。そのような気づかいは、人の心に敏感でなければできないことだろう。
そんな曹回が、周囲からの視線や重圧に気づかないわけはなかったのだ。己を恥じ、懸命に妻としての勤めを果たそうとした。
妻から与えられていたものの多さに、荀粲は初めて気がついた。
「俺は回から、たくさんのものをもらっている。お返しをしているのは、俺の方だよ。ありがとう、回」
熱くこみ上げる涙をこらえて言うと、曹回は安心したように顔をほころばせた。
「夫婦になるということは、こうして贈りものをしあうことなのね」
曹回は冷えきった荀粲の体に上掛けをかけ、彼を包むように抱いた。
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