第4話

 二人のあまりよくない噂がしきりに耳に入るので、傅嘏ふかは気にかけて、荀粲じゅんさんの元を訪れた。

 荀家の門をくぐると、花や木々の豊かな匂いが、傅嘏を包んだ。広い庭に、以前はなかった珍しい花木が盛んに植えられ、さながら宮廷の庭園のような景色に変わっている。

 花にはさして興味のない傅嘏も思わず見とれていると、庭の奥の方から、鞠が跳んできて、傅嘏の足下近くまで転がってきた。

 とっさに鞠を蹴りあげると、奥から走ってきた荀粲が、「お」と声をあげて、落下してきた鞠を器用に頭で受けとめる。

「何してるんだ」と声をかけると、荀粲は「遊んでるんだよ」と、気の抜けた笑みを浮かべた。誰と、とたずねようとしたところへ、庭の奥から荀粲を呼ぶ声が聞こえた。

「今戻るよ」

 傅嘏にかまわず奥の方へ戻っていく荀粲を追いかけると、庭先の長椅子に曹回が腰かけていた。あわい紫色の衣を着て、夫人らしく髪を結いあげている。

 傅嘏が拱手きょうしゅすると、曹回はふっくらとあいさつを返した。その動作は緩慢としており、優雅とも、いささか知恵が足りないようにもとれる。

「あなた、どこまで転がりました」

「門まで転がっていったぞ」

「まあ」

「だが、ちゃんと受けとめた。ほら」

 荀粲は鞠とともに、赤くなった額を見せる。曹回は目を丸くして、軽やかに笑いだした。

「笑いごとではないぞ。痛かったのだから」

 額を差しだす荀粲に、曹回は長い睫毛をしばたたかせ、そして彼の額をなで始めた。

「ごめんなさい」

「なに、どうということはない。お前のためなら、地の果てまでも駆けてゆくさ」

 甘く微笑しあう二人を、傅嘏は呆然と眺めた。目の前にいるのは、本当にあのひねくれ者の友人であろうか。

「なんだ、蘭石。まだいたのか」

 表情をゆるませたままふり返る荀粲に、傅嘏は悪寒を感じて、「いいかげんにしろ」と怒鳴った。

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