第3話

 荀粲じゅんさんは名族・荀家に連なる人物で、父は太祖たいそ曹操そうそうを支えた名参謀の荀彧じゅんいくである。一族には優れた人物が多く、荀粲の兄たちも続々と政界に入り、活躍している。ところがこの末っ子の荀粲だけは、少し様子が違った。

 いい年になっても出仕せず、気ままにその日暮らしをしている。愚鈍なのかと思うとそうではなく、政治・宗教・文学、何を議論させても人に負けることがない。

 傅嘏ふかも、若くしてその名を世に知られた俊才であったが、荀粲と議論を戦わせて、初めて負けというものを知った。

 荀粲の才能は誰もが認めているのだが、なにぶん性格に難があって、彼とつきあっていける人間はほとんどいなかった。

 そんな変わり者の妻となった曹回の方は、恭公きょうこうおくりなされた曹洪そうこうの末娘である。曹洪は曹操のいとこにあたり、荀粲の父と同様、曹操の腹心だった人物だ。つまり二人の婚は、名家同士の婚ということになる。

 とはいえ末子同士の婚ゆえ、儀式は小規模なものであった。しかし常識と離れた婚礼の様子が人づてに伝わり、二人のことは何かと世間の噂になった。荀粲の変人ぶりは元より有名であったが、曹回の美貌と、その様子の変わりぶりも特に、人々の好奇の目を集めた。

 曹回は父・曹洪が五十を過ぎてから産まれた娘で、周囲から大変かわいがられ、まるで皇女おうじょのように、邸の奥で大切に育てられた。

 そのため世間のことは何も知らず、料理や洗濯という、嫁としての勤めは何一つできない。幸い荀家には使用人が大勢いるため、嫁が直接手を出さずとも、なんとかなる。しかし使用人が女主人に判断をあおいでも、どうにもはっきりした答えを得られない。困り果てる使用人に、曹回はただ、にっこりと美しく微笑するだけなのだという。

「少し阿呆なのではないか」

 そんなことを言う人もいた。

 世間では口さがない噂も流れていたが、荀家の邸の内では、荀粲と曹回の明るい声が響いていた。二人は打棊だきや蹴鞠などをして遊んだり、寝室の表へ一脚の長椅子を置いて、そこで茶を飲みながら語り合ったりして、仲睦まじく日々を過ごしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る