カレー風呂の呪い
梶野カメムシ
カレー風呂の呪い
「姉ちゃん、成人祝いくれよ」
「何よ、電話でいきなり。
誕プレならこないだ、仕送りと一緒に送ったでしょ」
「違うよ、成人祝いだって。
知らねえの? 今年から18で成人になるんだぜ」
「ああ、そうだっけ。けどダメ。誕プレで我慢しな」
「なんだよケチ」
「誰がケチだって? あんたが高校行けたのは──」
「へいへい、姉ちゃんの稼ぎのおかげです」
「あんたも今年から社会人でしょ。
ちゃんと家に金入れなさいよ。母子家庭なんだから」
「わかってるって。それより聞いてよ。
母ちゃん、久しぶりにカレー作ってくれるんだ。
オレの成人祝いだから、特別にって」
「えっ、ホントに?」
「オレもビックリした。10年ぶりくらい?
カレー風呂の呪いが、ついに解けるかも」
なんか、いきなりだったよな。
母ちゃんが「カレー風呂やる」って言い出して、山ほどルー買ってきて。
閉め切ってたから見れなかったけど、すごい光景だったろな。
オレらは銭湯行かされてさ。オレは初めてで楽しかったけど。
それが一週間くらい続いてさ。
もう家中カレーくさくて、匂いが外まで漏れて。
「おまえんち毎日カレーなの?」って聞かれるし。
ごまかすの苦労したよ。誰にも言うなって言われてたからさ。
その割に効果なかった。母ちゃんが黄色くなったくらいで。
そんで、母ちゃんと姉ちゃんはカレーが食えなくなった。
カレー風呂の呪いだよ。
オレ、母ちゃんのチキンカレー、大好きだったんだよな。
じっくり煮込んであって、骨をつまんだら肉がするっと抜けるやつ。
だから、成人祝いの日に何が食べたい?って聞かれて、
「母ちゃんのチキンカレーがいい」って言ったんだよ。
駄目元だったけど、母ちゃんは「じゃあ作ろうか」って。
「あんたも大人になるんだしね」って。
嬉しかったね。カレーと大人、関係ないと思うけど。
「あんた、どうして母さんがカレー風呂を始めたと思う?」
「えっ。テレビでやってたとか?」
「そうじゃなくて」
……アイツのためだと思う。
ほら。母ちゃんが連れてきて、家に入り浸ってた、アイツだよ。
最初は愛想よかったけど、だんだん本性出してきてさ。
母ちゃん殴ったり、姉ちゃんの風呂覗いたりさ。
母ちゃんはアイツをかばってたけど、オレは大嫌いだった。
アイツあの頃、母ちゃんとケンカして、家に来なかっただろ?
だから母ちゃんはカレー風呂を始めたのかなって。
キレイになって、アイツを呼び戻すつもりかなって思ってた。
結局あれきり来なくなって、ほっとしたけど。
カレー風呂に効き目がなくて、ホントよかったよ。
呪いはカンベンだったけどさ。
「惜しいけど、ハズレ」
「なんだよ。姉ちゃん知ってんのかよ」
「さっきあんたが自分で言った、それが答えだよ」
「どれだよ! 覚えてねえよ」
「母さんが話してくれるよ。
カレーを作るってのは、そういうことだから」
「──最後のカレーに、ならないといいね」
終わり
カレー風呂の呪い 梶野カメムシ @kamemushi_kazino
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます