第5話


「……」


 とある日の昼下り。

 今日は学校が休みということで、柚葉は昼前から我が仕事場へ出勤していた。


 とりあえず昼飯を作り、それを一緒に食べてからは部屋の掃除をこなす。卒なくこなす。テキパキこなす。

 何となく意地悪な伯母様みたく埃チェックしてみたけど塵一つなかった。

 この子はめちゃくちゃ有能だ。


 今だって掃除を終えて、部屋の中の観葉植物の世話をしている。仕事が終わっても自ら次の仕事を探す労働者の鑑。


「あの」


 そんな様子を眺めていると、柚葉が鬱陶しそうにこちらを睨んでくる。


「なに?」


「いつも言ってますけどあんまりじろじろ見ないでもらえますか? お仕事に集中できないんです」


「いつも言ってるだろ。こうして眺められるのもお仕事の一つだって。こうすることで作業が捗るの」


「それは嘘です!」


「嘘ちゃうわ!」


 俺は全力で否定する。

 こうしてメイド服を着て仕事する彼女を見ていると精神的に癒やされる。心が回復すれば仕事とも向き合える。仕事と向き合えれば作業は進む。

 シナジーの塊だ。


 まあ。

 この子、初めてここに来た日に比べると少しだけ反抗的になっちゃったけどね。

 前ならあんな睨んできたりしなかったもんなあ。


 柚葉がここに来て、もう一ヶ月が経つ。

 早いものだ。


「なあ」


「はい?」


 俺が呼びかけると柚葉は作業の手を止めてこちらを振り返る。観葉植物の世話を終えて、今度はソファのゴミをコロコロローラーで取っていた。


「その下ってパンツなの?」


 しゃがんでいるので前から見ればスカートの中は丸見えだろう。残念なことに俺は後ろから見ているのでスカートしか見えないが。


「その質問はセクハラだと思いますけど」


「メイドが御主人様の質問に答えるのは仕事の一環だろ。そこにハラスメントの定義が入る余地はない」


「ありますよ!?」


 ツッコみながらも、柚葉は立ち上がりスカートをパンパンとはたいて直す。


「もちろん、スパッツ穿いてます」


「スパッツ? それってあの黒くてパツパツしたやつのこと?」


「黒いとは限りませんけど、まあ概ねその通りかと」


「よく分からんから見せてみろ」


「はあ!?」


 俺が言うと、柚葉は顔を真っ赤にして驚いた。そして俺の方をしっかり睨みつけてくる。


「今のは完全にセクハラです! お姉ちゃんに言いつけます!」


「いや、ちょっと待て。冷静になれ」


「スカートの中を見せろと言われて冷静でいられる女の子はいません!」


 知らないかもしれないけど、世の中そんな女の子はたくさんいるよ? 高校生の周りにはいないんだろうけど。


「お前の学校はもちろん指定の制服があるよな?」


「当たり前です」


「スカートだろ?」


「もちろんです」


「その下にジャージ穿いてたらどうなる?」


「どうなるって……」


 俺の質問に柚葉は唸りながら眉をしかめる。既に冷静になっている。こいつ本当に流されやすいな。


「先生に怒られないか? そんなもん穿くんじゃないって」


「たしかに言われます」


 ハッとして柚葉は呟いた。


「それは校則違反に当たるからだ。だから教師はその辺に厳しいんだよ。しっかりチェックしてるわけ」


「はあ」


 納得したようなしてないような顔をする柚葉に、俺は畳み掛けるように言葉を続ける。


「ところで、この職場における制服はそのメイド服だよな?」


「はい」


「それは契約上決まっていることだから、お前は嫌々ながらもそのコスプレをしているわけだ」


「コスプレって言うのやめてください」


「お前が読むエロ本で、メイド服の下にスパッツ穿くようなメイドいたか?」


「エロ本は読んでませんが、たしかにそういったメイドさんは見ません……」


「そう。つまり、メイド服の下はパンツであるべきなんだよ。それが正式なスタイルである以上、従うしかない」


「でも、やっぱり恥ずかしいし……」


「そうだよな。年頃の女の子だし、そう思うよな。だから俺はスパッツがアリかナシかを判断しようって言ってんだよ」


「はあ」


「もし見てみて、悪くなければスパッツの着用を許可するつもりだ」


「そ、そうなんですか?」


「ああ。ここでは俺がルールだからな。世間や常識が何と言おうと、俺が許せばそれは許される。つまり、メイド服の下にスパッツを穿くことも許されるんだ」


 俺がまくし立てると、柚葉の表情はみるみるうちに明るくなる。まるで暗闇の中でようやく光を見つけたような希望に満ちた顔。


「と、いうわけで一度そのスカートをめくってみてくれ」


「わ、わかりました……」


 ほんとにこの子はばかだな。

 ごくり、と喉を鳴らした柚葉は恐る恐るスカートの裾へと手を伸ばす。


 それをめくろうとするが、やはり男の前でスカートをめくることに抵抗があるのだろう。一度、その手は止まる。


 恥ずかしさのあまり、顔は赤くなっていく。もうゆでダコのように真っ赤だ。泣き出しそうなくらいに表情を歪めて、それでもゆっくりとスカートを持ち上げる。


 そこまでしてスカート持ち上げてる彼女はたまらない。インスピレーションが働いて次のネタが思いついたまである。


 そして、めくり上げられたスカートの中から黒いスパッツが露わになる。

 確かにスパッツのおかげでパンツは見えてない。でも体のラインはしっかり浮き出ているし、よく見るとパンツのラインを見えている。


 一部丈だからスカートからはみ出ることはなく、周りに穿いていることは悟られない。きっと学校でも穿いてるんだろうな。


 正直、これはこれでエロい。

 スパッツ属性が追加されそうになったところを、俺はぐっと堪える。


「ど、どうですか?」


「……」


 俺が今、優先すべきことはなんだ?


 そう。

 スパッツを脱がすことだ。

 スカートの下にスパッツとか言語道断だろ。スパッツ自体は悪くないけど、それは単体で見ればの話だ。


 スカートの下はパンツ。

 これは決して揺るがない。


「ナシ」


「ええー!?」


 その後。

 仕事場において、スカートの中にスパッツは穿いてはいけないというルールが追加された。


 俺によって。

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