第8話
「あら」
仕事場を訪れた香椎はそんな声を漏らした。
「お姉ちゃああああああん!」
リビングに入ってきた香椎に抱きつく柚葉。それを見てさらに困惑の表情を浮かべる。
「ちょっとちょっと、うちの可愛い妹に何したのよ? 基本的には放任だけど、法に触れることだけは止めてねって言ったでしょ?」
「いつ、俺が法に触れたんだよ」
「女子高生が泣いて助けを求めてきた場合、そのほとんどはポルノ案件に該当するわ」
「……否定できねえ」
しかし、今回ももちろん俺は何もしていない。何もしていないことはないけど法には触れてないし、もちろんポルノ案件でもない。
「それで、どうしたの?」
「先生が胸を触らせろって!」
「誤解を招くような言い方はやめろッ!」
柚葉がとんでもないことを口走る。
なので俺は咄嗟に否定する。
「一応最初に確認だけしておくけど、胸は触ったの?」
「触ってない」
「触ろうとした?」
「してない」
「触らせろって言った?」
「言ってない」
「言いました!」
「違う。漫画の表現でいまいちピンとこない部分があるから参考程度に触らせてみ? って言ったんだ」
「言ってるでしょ!?」
「……ううん」
香椎はこめかみを抑えて唸る。
もうこの時点でこいつは頭がイカれているんだ。こっち側の人間なんだよなあ。
クリエイターは基本的には頭のネジがぶっ飛んでいる。それに関わる編集者も遅かれ早かれそうなるんだな。
「俺は納得できない描写はしたくないんだよ。胸の感触を確認したかったんだ。柚葉の胸に興奮なんかしねえ。下心はない。一切なッ!」
「それはそれでちょっと複雑ですが……胸ならお姉ちゃんのを触ればいいじゃないですか!」
「ユズ? ちょっと聞き捨てならないわよ。お姉ちゃんが先生に食べられちゃってもいいのかな? ユズは法に守られてるけど、お姉ちゃんは襲われたらどうしようもないんだよ?」
「ベロベロに酔っ払ってもお前には指一本触れないから安心しろ」
「なんだとコラ!」
本気で怒ってきた。
それを柚葉が止める。妹に止められるとか姉としてどうなんだよ。
「ていうか、胸くらい揉んだことあるでしょ。風俗に通ってるんだから」
「高校生の前で誤解を招くようなこと言うな。ほら、柚葉がめちゃくちゃ軽蔑の眼差しをこっちに向けてんだろうが。違う俺は通ってなんかない。極々たまに付き合いで行くだけだ」
「……うへぇ」
軽蔑の眼差しは消えない。
一度失った信頼を取り戻すのはめちゃくちゃ大変なんだからな。
「そもそも、俺が知りたいのは女子高生の胸の感触だ。三十近い歳のババアのしおれた胸に興味はない」
「一応言っとくけど、さすがにその歳だとまだしおれないわよ」
そもそも。
別に本気で胸を触ろうなんて思っていない。
作業に飽きてきたからちょっと適当な理由をつけて柚葉にセクハラをしていただけなのだ。
ストレスが発散できたら仕事に戻ろうと思っていた。
しかし、あまりにも本気で嫌がるもんだからこっちも楽しくなってしまったというわけだ。
「そんなことより、私はユズの格好の方が気になるんだけど? ここはいつからコスプレ喫茶になったのかしら?」
「言わないでっ!」
柚葉はこの部屋の中では常にメイド服でいる。それはアルバイトの制服がメイド服だからというこじつけによるものだ。
しかし、メイド服だってクリーニングに出す。その間、これまではもう一着のメイド服を着ていたが、今回二つまとめて出してしまった。
だからこの前の看病のときに着ていたミニスカナース(ナースキャップつき)を着せている。
「スカート丈みじか! これ下はパンツなの?」
「さあ」
柚葉は誤魔化す。
すると香椎は躊躇いなくその短いスカートをめくった。
「わわ!? やっ!」
「あだッ」
反射的に柚葉は香椎の頭を叩いた。
「ごめん、お姉ちゃん。いつもの癖で」
「先生。あなたいつも柚葉に何をしているの?」
「だいたいお前と変わらないよ」
「あのメイド服どうしたの? 私あれ結構好きだったんだけど」
「クリーニング中だ。今はそのミニスカナースで我慢しろ」
「んー」
つま先から脳天まで、じーっと柚葉を眺めながら考えるように唸る香椎はスマホを取り出し、カメラアプリを起動する。
「お姉ちゃん?」
「しゃあないな。これはこれで悪くないし」
「ちょ、写真撮らないでよ!」
ミニスカナースの衣装をしっかりと保存した香椎だった。
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