第7話


 体が重たい。


 これまでそういった理由で倒れることは多々あった。

 そのどれもが睡眠不足であったり、栄養不足であったり、そもそも飯を食べなかったりしていたことが原因だった。


 しかし、柚葉が来てからは飯はちゃんと食べている。学校でいない昼の分も作り置きしてくれているし、栄養面も考えていることだろう。


 そういったところに気を回さなくてよくなった結果、睡眠時間の確保も最近はちゃんとしていた。


 にも関わらず、俺は今リビングでぶっ倒れていた。


 なんなんだこれは。


 辛すぎて動けないままかれこれ数時間。ていうか、さっきまでちょっと気を失っていた。


 後頭部が痛いので、倒れたときにどこかにぶつけたのだろう。それで気絶するとか漫画かよ。

 

 あ、この案どこかで使えるかも。


 ああ。


 しんどい。


 そうか、これ風邪か。


「先生!?」


 ガチャリと玄関のドアが開いて、中に入ってきた柚葉が驚きの声を漏らした。


 無理もないか。

 いつも通りに仕事に来たら家主が倒れているんだもんな。そりゃ驚くよな。

 リアクション一〇〇点だよ。


「どど、ど、どうしたんですか?」


「……」


 口をパクパクさせるが声が上手く出ない。

 柚葉は動揺していたのも一瞬で、すぐに俺のデコに手を置く。そして、その熱さに思わず手を離した。


「熱あるじゃないですか!」


「ああ、やっぱりか」


 何とか声が出た。

 頭がぼんやりして、ズキズキすると思ったら熱があったか。このレベルの体調不良なんて小学生のとき以来かもしれない。


「なんでこんな……昨日は元気だったのに。わたしが帰ってから外に出たりしてないですよね?」


 俺は頷く。


「わたしは大丈夫だから、どこかから持ってきたってこともないはず……なにか心当たりは?」


「昨日、お前が帰ったあとに、風呂に入って、そのまま裸で、寝た」


「ばりばり心当たりあるじゃないですか!」


 柚葉の綺麗なツッコミを聞いて満足した俺はガクリとうなだれる。


「もうちょっと頑張ってください。わたし、先生を担ぐだけの力ないので」


「う、うう」


 肩を貸してくれた柚葉は俺を必死に運んでくれる。漫画部屋に布団を敷いて、俺をそこに寝かしてくれる。


「なにかしてほしいことありますか?」


「……」


 病人だからか、今日はいつもより随分とサービス精神が旺盛だな。いつもこれくらい優しかったらいいのに。


 せっかくの機会だ。

 しんどいが、何も言わないのはもったいない。


「あ、れ」


 俺は部屋の奥のクローゼットを指差す。柚葉は不思議そうにそちらを見て、とりあえず向かう。


「開ければいいんですか?」


「ああ」


 柚葉がクローゼットを開ける。寝転がっているのでその姿は見えないが、きっと驚いているだろう。


「な、なんですかこれ」


 そのクローゼットの中にはメイド服を始めとした様々なコスプレ衣装が収納されていた。


 いつか着せてやろうとこれまで地道に集めていたのだ。


「看病するときは、ナースの衣装を、着な……さい」


 俺は力尽き、パタリと体の力が抜ける。


「最後の言葉がそれですか!?」


 柚葉の見事なツッコミを最後に、俺は意識を失った。



 * * *



 目が覚めた。

 横になって眠ったからか、少しだけ体は楽になっていた。それでも熱はまだ残っており、頭はふらふらする。


 電気は消えており、襖も閉められている。この部屋に時計はなく、近くにスマホもないので時間が分からない。


 今何時だろう。

 それを確認しようと起き上がる。ふらっとしたが、何とか立ち上がることができた。


 本棚に手をついて、おぼつかない足をゆっくりと動かし、部屋の外に出る。


 襖を開けると眩しい光が差し込んでくる。俺は思わず目を瞑ってしまう。


 永年の眠りから目覚めたヴァンパイアはこんな気分なのかもしれないな。


 部屋を出るとすぐ前のところに掛け時計がある。時間は夜の七時過ぎ。三時間くらい寝ていたのか。


「先生?」


 柚葉の声がした。

 キッチンの方からだった。


「よかった。今ちょうどご飯できたんです。食欲ありますか?」


「ああ、そうだな」


 言われて自覚した瞬間に、お腹がぎゅるると鳴る。そういえば朝から何も食べていなかった。


「まだ帰ってなかったんだな」


「病人を置いて帰れませんよ。さすがにそこまで冷たくないです」


 俺はリビングのソファに腰掛ける。

 準備が終わったのか、柚葉はおぼんにお皿を乗せてリビングの方にやってきた。


 そこで俺は驚き、目を見開く。


「な、なんですか?」


「……お前、それ」


 純白のナース服。

 白の生地に赤のラインが入ったミニスカート丈の半袖衣装。頭にナースキャップをつけるという徹底っぷり。


「先生が着ろって言うから。今日は特別なんです」


 顔を真っ赤にしながら俺の前におぼんを置く。そして、そのまま隣に座った。


「なんで隣?」


「前に座ると先生がスカートの中を覗いてしまうので」


 つんとした態度ではあるが、不思議と嫌そうには見えない。

 こいつ、何だかんだ言いながらコスプレがクセになってんじゃないだろうな。


 なんて。

 今日ばかりは感謝しかないな。


「ご飯食べて、薬飲んで今日はもう寝てください。お姉ちゃんにはわたしから連絡したので」


「ああ、悪いな。ありがと」


「……あんまり素直に謝らないでください。気持ち悪いです」


 ふいっと顔を背けながら、柚葉はそんなことを言う。照れ隠しなんだろうけど、気持ち悪いは酷いな。


 しかし。

 ともあれ。

 気持ちが弱っていたからかもしれないが、耳まで赤くしてそっぽを向く柚葉を可愛いと思ってしまった。

 

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