第3話


 我が仕事場から徒歩五分圏内にあるとあるお店にやって来た。

 店内はそこまで広くはない。その割にびっしりと服が並べられている。

 客の姿も見えない。正直言って経営が心配になるが、ここは店長の趣味のようなものらしいので潰れても問題ないらしい。


「あの、ここは?」


「ん? ああ、制服選ぼうと思って」


「えと、でもここって」


「ん?」


 俺と柚葉は店の前で立ち止まる。

 というか立ち止まった柚葉に俺が習ったような流れだ。柚葉は店の前に展示されている服と看板を見て不穏な表情をした。


「どうしたの?」


「ここ、服屋?」


「んー、ジャンル的には」


「でもわたしの知ってるお店じゃないような」


「もうちょい絞るとコスプレショップ」


「言っちゃった!」


「さ、入るぞ」


「うえええええええ!?」


 嫌がる柚葉の手を引っ張り、俺は店内に入る。このシーンだけ見れば確実にアウト。通報されれば一巻の終わりだ。


「お、なんだまた来たのか先生。冷やかしなら帰れってんだ」


 店の中に入るとレジに座っているスキンヘッドに髭面の店長がそんなことを言ってくる。


「はは、今日は立派な客だ。ちゃんと接客しろよ」


「あんた……ついに誘拐をッ!?」


 俺の後ろの柚葉を見て店長はわなわなと唇を戦慄かせる。マジっぽい顔すんじゃねえよ。


「そんなんじゃねえよ」


「じゃあ何だよ。モテねえ冴えねえやるせねえ先生に構ってくれる女の子なんて直葉ちゃんくらいのもんだろ?」


「おい柚葉。あの人お前の姉ちゃんのことちゃん付けしてるけど?」


「不思議と気持ち悪さは感じません」


「何でだ!?」


 柚葉の神妙な顔つきに驚いた。

 俺よりも明らかな歳上。三〇代の髭面は許されるというのか?


「それで、その子は?」


「うちで雇うことになったバイト」


「アシスタントってやつか?」


「いや、メイドさん」


「疲労とストレスで遂に頭がイカれちまったのか。今度風俗でも連れてってやるから、悪いことは言わねえ……やめとけ」


「変な勘違いすんな! 料理とか掃除とかしてもらうだけだよ」


「料理とか掃除とかしてもらうだけなのに、どうしてここに?」


「そりゃメイド服買いに来たからに決まってんだろ」


「わたし聞いてない!」


 ガーン! と柚葉は俺の後ろでショックを受ける。まあ言ってないからな。言ったら付いてこなかった可能性あるし。


「うちの制服はメイド服なので」


「聞いてないですよ!?」


「クレームは大事なこと言ってないあんたの姉ちゃんに言うんだな。俺は一切の文句愚痴クレームを受け付けない。そして一度契約した以上、今更断ることもできないッ!」


「わたしいつの間に契約を……」


「お前、やってることスレスレだぞ」


 店長の冷静なツッコミはスルーして店内を見渡す。


「メイド服はどこだ?」


「そっちの方だ」


 店長が指差す方を見ると確かにメイド服が見えた。柚葉を連れてそちらへと向かう。

 何だかんだ言いながらついてくるところを見ると、多分こいつチョロいな。


「このお店よく来るんですか?」


「冷やかしでな」


 柚葉の質問に答えたのは店長だ。

 どうやらレジから移動してついてきたらしい。


「レジにいろよ。突然の会計が来たらどうすんだよ?」


「見ての通りコスプレ衣装買う物好きはこの辺じゃお前だけでな」


「まじでいつ潰れるか分かんねえなここ」


「さっきの話だが、漫画の資料だとか言ってよく店内徘徊して帰ってくんだよ。買わねえなら来んなって言ったらいつか買うわ! とか言って逆ギレしてきてな」


 ケタケタと笑いながら店長が話す。


「約束通り、買いに来ただろ」


「確かにな。でも俺は犯罪行為をしてまで約束守ってほしくなかったぜ」


「誘拐じゃねえって言ってんだろ!」


 そんな話をしている場合ではない。

 さっさとメイド服を選んでしまわないと。


「ちなみに柚葉はどれがいい?」


「え、わたしに聞くんですか。まだメイド服着ることに納得してないのに」


 並んでいるメイド服はスカート丈の長い本格的なものからミニスカートチックなものまで結構種類がある。


「まあ、着るならこの普通のがいいですけど」


「でも俺太ももフェチだからな、ミニスカートのがテンション上がる」


「バカ言え。ミニスカートメイド服なんて邪道オブ邪道だ。このシンプルなメイド服にこそメイドの心が宿るんだよ」


「メイド服なんか着てもメイドの心は宿らねえよ。大事なのはビジュアルだ」


「メイド服着ようが心がメイドじゃなければそれはメイドじゃねえンだよ!」


「ミニスカート!」


「シンプル!」


「何でわたしの意見聞いたんですか……」


 結局ミニスカートメイド服に決まった。ていうか決めた。俺が。


「これじゃちょっと大きいし、仕立て直すか?」


「そうだな。ここで妥協は悪手だろ」


「同意見だ。だがオーダーメイドは値が張るが?」


「週刊連載舐めんなよ」


 ニイッと笑った店長は店の奥に入っていく。戻ってきたときには知らない女性を連れてきた。


「誰?」


「うちの女房だ。この店の衣装を担当している」


 これ全部手作りなのかよ。

 確かに安物に比べるとクオリティ高いとは思ってたけど。


「はじめまして、この髭店長の妻、静香よ。それじゃお嬢さん、奥へ来てもらってもいいかしら」


 茶髪のロングヘアで毛先がくるくる巻かれている。厚化粧。スタイルはモデル級だ。

 このオッサンはどうやってこの人捕まえたんだろう。


「へ?」


「オーダーメイドよ? 採寸しなきゃダメでしょ」


「いや、でも」


「ほら、いらっしゃい。体の隅々まで調べてあげるから」


「あの、ちょっと」


 静香さんに手を引かれ抵抗虚しく奥へと連れて行かれる柚葉を見送る。

 残された俺と店長は二人が消えていった場所をぼーっと見つめていた。


「あんな美人な奥さん、どうやってゲットしたんだよ?」


「ああ? そんなもんナンパに決まってんだろ」


 言いながら、笑う店長を見て、初めてその髭面が格好良く見えた俺だった。

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