第10話
「なんか納得いきません」
俺が音痴ではなかったことが気に入らないらしい。
「ちょっと歌えるからって自慢しないでください」
「歌わされたんだよ、お前に」
曲を選ぶ機械をいじりながらずっとブツブツ言っている。
これで俺が無理やり歌わされることはない。あとは適当に付き合うだけだ。
「よし、これ歌おう」
「何歌うんだ?」
「さっきの先生を見ていて思いました。好きな曲を楽しく歌うのが大事なんだと」
「逆にいつも何歌ってたの?」
カラオケってそういうもんじゃないの? 楽しみ方は人それぞれだけどさ。
「流行りの歌です。友達と行ったときのための練習をしないとと思って」
「そんなこと気にする前にまず音痴気にしろや」
「言われないとわからないんです」
そう言ったとき、曲のイントロが始まる。
流れてきたのは何か知らんがアイドルの曲だった。さっきのアニソンみたいに本人映像が流れ始めた。
水着のアイドルがキレのあるダンスを披露している。中々にボインな女が揃っている。
体を動かす度に胸がゆさゆさと揺れる。あの揺れは俺の心を揺さぶりやがる。
アイドルも悪くないな。
そんなことを思いながら映像を見ていると柚葉が何故か曲を中断した。
「え、どうした?」
「……別に」
何だか不服というか不満というか、ちょっとムスッとしている。
「自分の歌が想像以上に下手くそだったのか?」
「ちがいます!」
「でも音程はほとんど合ってなかったぞ?」
「知ってます! 見てたので!」
声を荒げる柚葉。
だとしたら、何が気に入らないというんだ。
「好きな歌じゃないのかよ?」
「先生がいやらしい目でわたしの好きなアイドルを見てたからやめたんです!」
「あいつらはいやらしい目で見られるために水着で胸揺らしながら踊ってたんだよ。俺は最も推奨されている見方をしてたんだ。怒られる筋合いはねえ」
「そんなことないです!」
「なんだよ。嫉妬か? いやらしい目で見てほしかったら水着で激しいダンスしてみろ。まあ、胸はちょっと足りないが」
「見ないでください!」
柚葉は自分の胸を隠しながら顔を真っ赤にする。この感じだと押せば踊りそうだな。
この場に水着がないのが残念だ。
「とにかく、あんまり画面見ないでください」
「……分かったから、さっさと歌え」
言うとおりにしておこう。
柚葉は次の曲を入れる。
アイドルをエロい目で見てたのがそんなに嫌だったのか、今度はただのカラオケ映像だった。
曲が恋愛ソングだからか、二人の男女が何となく恋愛を繰り広げそうな映像が始まった。
「〜〜♪」
暫しの間、緊張している顔を浮かべながらも歌っていた柚葉だったが、一番を歌い終えたくらいでまたしても曲を中断した。
「え、どうした? 心配しないでもしっかり音痴だったぞ?」
「わかってるからそれはもう言わないでください!」
「じゃあなんで歌うのやめたんだよ?」
「なんでわたしを見るんですか!?」
画面を見るなと言われたから歌っている柚葉をぼーっと見ていたのだが、どうやら今度はそれが気になったらしい。
「いや、お前が画面見るなって」
「言いましたけど」
「それにほら、映ってた女優さんあんまり綺麗じゃなかったろ? だから柚葉見てた方が有意義かと思って」
「ちょっと反応しづらい理由やめてください!」
ちょろいな。
ぷりぷりと怒っていた柚葉だったが、俺の言葉を聞いて大人しくなった。
そして次の曲を入れる。
十分楽しんだので、もうスマホいじって適当に過ごそう。
何か気を散らさないと、柚葉の音痴は聴いてられないからな。
次の曲はCMとかで流れてる、どこかで聴いたことがあるようなものだった。
原曲を知っているだけに、音の外れ方が不愉快だな。
ようやく一曲歌い終えた柚葉は俺の方を見る。
「なんか無関心すぎるのもイヤですね」
「どうしろってんだよ。心配しないでもちゃんと聴いてたよ」
「どうでした?」
「引くほど下手くそだったよ。点数見ろよ」
画面に表示されている点数は五二点。多分だけどそこまで低すぎる点数は表示されないんだと思う。
だからこれはほぼ最低点数だ。
「ううう」
「音程を合わせる努力しろよ」
「そう言われても」
「もっと簡単な曲にすればいいんじゃないのか? 童謡とか入ってないの?」
「なんでカラオケ来て童謡歌わないといけないんですか」
「お前が下手くそだからだよ。前代未聞なやり方を実践しないとどうしようもないくらい音痴だからなんだよ」
「……わかりましたよ」
ぶつぶつと言いながら柚葉は曲を入れる。音程をしっかり意識しながら歌うことで少しばかりマシになった。
それでもまだまだ全然下手くそだ。
その後も柚葉の練習は続く。
「俺もう帰っていいか?」
「いいわけないじゃないですか」
「仕事あるんだけど」
「帰ってからできるでしょ」
「姉は許されたのに俺は許されないのか」
そのとき。
ちょうど香椎から打ち合わせの連絡が入る。カラオケしてるからそこまで来てくれと返事をする。
暫くして部屋のドアが開く。
「珍しいわね、先生がカラオケなん……て……」
「あ、お姉ちゃん!」
柚葉のきらきらした目を見た香椎は絶望に満ちた顔をしながら俺の方を見てきた。
打ち合わせがあるからと言って退散するか、許されなければ香椎も道連れにできる。
結局。
帰りたがる香椎を柚葉が必死に引き止め、カラオケはその後一時間ほど続いたのだった。
漫画家さんと女子高生メイド 白玉ぜんざい @hu__go
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