Op.1-51 – Bestie

 沙耶は教室に帰ってきて教室の後方から入室し、そのまま歩いて一番奥の8列目の最後尾、6番目の自分の席へと向かう。

 6時間目は体育。着替えのために女子は体育館の更衣室に向かうのだが、体育服が入ったジムサックを背負った明里が光の席の側に寄って、半ば笑いながら何やら謝っている。


「ごめんて、光。許してよ」

「ふんっ」


 明里から謝られた光は少し顔を赤らませながら明里に対して不快感を示している。それでも本気で嫌がっているわけではないことは明らかで、少し頰を膨らませているものの心無しか笑みを浮かべているようにも見える。


「もういいもん」

「どうしたと?」


 いじける光に沙耶は何があったのかを尋ね、世界史の授業で明里から突然シャープペンで突かれ、あまりにも急だったために変な声を上げてしまって皆んなの前で恥をかいたことを説明する。


 沙耶は「なんだか可愛いな」と思わず笑ってしまい、それを見た光は非難がましい視線を沙耶に向ける。


「なん笑いよっと?」


 光はそう言ったものの、沙耶の返答を待たずに『世界の歴史』を机の中に片付け、リュックの中に体育服が入ったナップサックを取り出す。


「(やっぱめちゃくちゃ仲良いな……)」


 光が取り出したジムサックを見て沙耶は2人の仲の良さを改めて確認する。光が取り出したジムサックは明里と同じメーカーである『Gymer』から販売されており、同じシリーズのもので色違いである。

 

 昨今、ジムへと通う女性は増えており、ジムウェアやシューズ、それらを収納する袋などは機能性は勿論、そのデザインも重視されるようになり、ファッションとしても注目されるようになった。


 『Gymer』は比較的新しいスポーツ系のメイカーではあるが、そのデザインが人気で、また、種類も多くて女性人気も非常に高い。

 

 2人の使うシリーズのジムサックは数ヶ月前に販売されたばかりのもので、つい1ヶ月前には新しいカラーが発売されたかりだ。


 明里のジムサックはイエロー基調で底に向かうにつれてブラックが混ざり、グラデーションを作り出す。一方、光のジムサックはピンクモカで明里のと同じく美しいグラデーションを生み出している。


 2人のこのカラーは1ヶ月前に発売された最新のもので、沙耶は少し前に「ジムサックが古くなってきたから新しく買い換えたい」といった話をしていたのを休み時間に耳にしていた。


 光はジムサックの底に財布を、内ポケットに携帯と自宅の鍵といった貴重品を入れ込み、開講部を紐で左右に引っ張ってギュッと絞ってしっかりと閉じた。


 沙耶はおもむろに光のジムサックにてを触れ、その凹凸なくスルッとした感触の生地を感じ取る。


「何?」

「私の少し前のやけん、手触りが滑らかになっとる」

「良いでしょ」


 光は少し得意気な表情を浮かべた後に「行こ」と告げて明里と沙耶と共に廊下にあるロッカーへと向かい (各生徒は1つずつ廊下にロッカーを所持している)、体育館シューズが入ったシューズバッグを持って体育館1階にある女子更衣室へと向かった。


 3人は25R教室後方の扉から出るとそのまま右に曲がって女子トイレを通り過ぎて24Rとの間にある階段を歩いて2階へと下る。そこから渡り廊下を通って第一棟を通過し、更にその奥に続く渡り廊下を進む。

 この渡り廊下はそのまま第一棟のアスファルトの道を介して隣に建設されている体育館の2階へと接続する。


 体育館2階はアリーナ席となっており、渡り廊下を渡りきって目の前の扉に入るとその座席群が広がり、体育館フロアとステージを一望できる。


 光たち女子生徒は渡り廊下右側にある階段へと向かう。3階には体育職員室と放送室が、1階にはトイレがありその両隣には更衣室が準備されている。また、その中にはシャワー室が用意され、部活生たちがよく利用している。


 普段、この更衣室は女子部活動生の更衣室として利用され、体育の授業においては女子更衣室として使用される。その他、体育館1階には柔道場と剣道場が設けられている。


 体育の授業も選択科目と同様に合同で行われ、24Rと25Rが一緒に授業を受ける。体育館1階のトイレを中央に右の男子トイレ側の更衣室を24R左の女子トイレ側の更衣室を25Rが使用する。


 光、沙耶、明里は移動前に談笑していたこともあって他のクラスメイトたちよりも少し遅めに更衣室に到着した。


 更衣室には2段になったロッカーが4列並び、女子生徒は自由に選んで自分たちの荷物をその中に入れて4桁の数字を設定、左斜めに向いているノブを「カチッ」という音がするまで右に回し、その後、設定した数字を変えることで完全にロックされる、ダイヤル式ロッカーが利用されている。


「急がんとやね」


 明里はそう言うといつも光と一緒に使っているロッカー、入って左から3列目の一番奥のにあるロッカーへと向かう。光と明里は隣同士のロッカーに、沙耶は光のロッカーの一段下にあるロッカーを選んで各々準備に取りかかる。


 光はジムサックの中から体育服を取り出してロッカーの手前に置くと、セーラー服の上から着ているベージュのスクールセータのボタンを外して畳み、ロッカーのジムサックに入れる。


 その後、セーラー服を脱いで、ネイビーカラーのインナーセーター姿になる。光は更にそれを脱いでヒートテックになり、その上から体育服を着る。半袖の体育服からヒートテックの長袖部分がはみ出る形になり、その上から高校ジャージを着てファスナーを閉める。


 明里もそれに続いており、2人はほぼ同じペースで着替えていく。沙耶はその様子を着替えながら眺め、2人のスタイルの良さに羨望の眼差しを向ける。

 2人は165cm程度 (光が163cm、明里が165cm) で153cmとやや小柄な自分よりも身長が高く、スマートな体型をしている。光の方がより細身でまるでモデルのように美しい一方で、明里は光よりも胸があり、よりグラマラスな印象を与える。


「沙耶、何見よると?」


 沙耶の視線に気付いた明里が尋ねる。沙耶はこれまで2人を遠巻きにしか見ておらず、今日のように一緒になって行動することはなかったために思わず見惚れてしまっていたことに気恥ずかしさを感じる。


「そうなん?」


 光はそう言うと、沙耶の顔を覗き込み、顔が少し紅潮しているのを見てジャージのチャックを閉めきった後に呟く。


「えっち」


 光の一言に驚き、「ちょ、やめてよ」と沙耶は反抗しながら2人と同じように体育の服からジャージを着る。

 沙耶の焦る様子を見ながら光と明里は「してやったり」と言ったように笑いながら黒いタイツを脱いで体育服の赤い短パンを履いた後にスカートを脱ぐ。一方の沙耶は下にも学校ジャージを着て長袖・長ズボンの状態になる。


 3人は丁寧に畳んだ制服をジムサックに入れてロッカーの中に収納し、暗証番号を設定してロッカーを閉める。


 そのまま光、明里、沙耶の3人は横に並んで体育館へと入って行った。

 

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