第4話 チケットの助言

 どうにか牙たちを撃退したウェインたちは、捕らえた少女を前にその処遇を話し合っていた。


「こんな子どもを戦闘に加えるなんてな」


 ウェインはエミリオの治療魔法を受けながら、少女の境遇を儚んでためいきをついた。


「子どもたって風使いだろ? 戦士には違いねぇ。実際おまえだってやられかけたんじゃんか」


 デュークが大盾についた汚れを麻布でぬぐいながら言う。いまは商人から借りている状態だったが、デュークはもはや自分の物だと考えていた。


「なんだっていいからそいつをさっさと降ろしてくれ。おっかなくて適わん」


 商人は額の汗を手でふきながら言った。


「ウェイン、どうするの?」


 治療を終えたエミリオが尋ねる。ウェインの頬の傷は痕もなく完治していた。


「たしかにこの子は牙の一員かも知れないけど、加護を受けてるってことは、それだけの人物ってことだろ? 風の加護ってことは……」


 ウェインは目線を荷台の隅で休んでいるルーサーに送った。


「風と雷を司る風神セマの加護を受けたということだ。加護の資格までは知らん」


「加護の資格?」


 とエミリオが首を傾げる。


「この世のを形作る6つのエレメントには、それを司る六神がいる。彼らはそのエレメントを使うに相応しい人物に加護を与える。広く知られているのは生と光を司る大神イシュヌだ。その加護は大神イシュヌを信奉するだけで得られる」


「ええっ? じゃあ、ゴッドリアの人ってみんな加護を持ってるの? それって最強じゃない?」


 エミリオはそんな疑問を口にするときも、視線ではルーサーではなくウェインを見ていた。しかしもちろん答えるのは知恵者のルーサーだ。


「世界のエレメントの数は限られている。だから加護を与える相手が多ければ多いだけ加護の力は薄まる。イシュヌのような資格が簡単に得られる加護は、身につけても大した力にはならない」


「へぇー。じゃあ風神セマの資格は難しいんだろうね。こんな僕より年下の子がウェインを圧倒しちゃうんだもん」


「ああ。それにそもそも加護を得るには六神に出逢う必要もある」


「出逢う?」


「六神が鎮座する聖域を訪れるか、すでに加護を持った者と出逢うかだ」


「じゃあ僕らはもうその条件を一個達成したの?」


「いつも加護を持った者の傍で六神が見守っている訳じゃないから、絶対とは言えないな」


「なぁーんだ。まあ僕は魔法使いだから関係ないけど」


「関係ないことはないぞ。魔法使いもエレメントに呼びかけて魔法を使っているだろう。加護者が傍にいるときにその加護のエレメントに属する魔法はほとんど使えなくなる。だからどの神がどのエレメントを扱うかは覚えておくんだな」


「そうなの? どれどれ」


 そう言うと、エミリオは風の魔法を使うために詠唱を始めた。


「ほ、ほんとだ! 全然エレメントの集まりを感じられない! じゃあ仲間に加護者が居たら、魔法使いは役立たずってこと!?」


「詠唱の代わりに加護でエレメントを集めてくれるから、むしろ楽できるんじゃないか?」


 ウェインが推測して言うと、ルーサーは大きく頷いた。


「なぁんだ、安心した。ドラグ=ナイツに加護者がいてお払い箱になるかと思ったよ」


 エミリオが胸をなでおろした時、少女が目を覚ました。彼女は後ろ手に縄で拘束されている状況をすぐに理解すると言った。


「なぜ生かした?」


「まだ子どもじゃないか」


 とウェインが言う。


「オレの攻撃を防げないヤツがよく言ったな」


「たしかに君は強い。だから考えていたんだ。俺たちと来ないか?」


 ウェインの突然の提案に、少女だけじゃなくデューク、エミリオの2人も目を丸めて驚いた。唯一ルーサーだけが両目を閉じて静かに聞いている。


「君がどうして赤き牙に所属しているか知らないけど、ドラグ=ナイツに入るほうが牙よりは安全だと思うんだ。君の力は俺が保証済みだし、どうだ?」


 そう言って勧誘すると、少女は嘲笑するように鼻を鳴らした。


「安全? なにも知らない田舎者の考えそうなことだぜ」


「どういう意味だ?」


「さぁな。ただバカは早死にするってことだ」


 少女はそういうと、縛っていたハズの縄をほうり出して立ち上がった。


「盗賊相手に下手な捕縛をしたな」


 不敵な笑みを浮かべながらウェインたちと相対する少女。


 だがウェインはそんな彼女に、彼女の持ち物を返した。そこには武器のナイフも含まれている。


「なんのマネだ?」


「一緒に行けないのは残念だけど、君も牙で生きる道があるんだな。仲間のところへ戻るのに武器が要るだろ?」


「……あんな獣どもが仲間だと? 笑わせるな」


 少女は乱暴な手つきで荷物を奪った。


「つくづく呆れた田舎者だ。今ここで殺してやろうか?」


 少女がナイフを構える。


「そんなつもりがあるなら、縄を解いたときに不意打ちしてるだろ?」


「……バカがどんなことを考えているか聞きたかっただけだ」


 少女は荷台の縁に足を掛けて半身を外に乗りだした。


「バカども、ドラグ=ナイツの入団試験を受けるのか?」


「ああ。じゃなきゃ誘わないだろ?」


「……まあ、お前ら弱いから落ちるだろ」


「おいおい、お嬢ちゃん。やっぱりここで決着つけてやろうか?」


 デュークが斧を肩に担いで威嚇する。だが少女は相手にもしなかった。


「万が一受かっても、死にたくないなら表彰式には出るな」


 ウェインがその意味を尋ねようとすると、突然あたりに風が吹き荒れた。


「このオレが直々に助言してやったんだ。忘れるなよ、ウェイン」


 そう告げると、少女の体が宙に浮き始めた。


「風使い、空を飛べるのか……!」


 担いだ斧のやり場を無くしたデュークが驚いて言った。


「おい! あんた名前は?」


 遠ざかっていく少女に向かってウェインが尋ねた。


「チケット=スカッリオ」


 チケットと名乗った少女は、その耳に付けた赤い牙のアクセサリーを風になびかせながら、空へと消えた。

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