第2話 幸運のオットー

 牙に招集が掛かるなんて久しぶりだった。招集はだいたいロクでもねぇことが起る。三年前だったか、あのときの招集は辺境連合ライ・ボーンの魔石狩りだった。上としては「目的」を果たしたらしいが、俺たち下っ端は大勢死んじまった。だから招集はできるだけ遅れて行くに限る。


 その考えが功を奏したってのか、俺はとんでもねぇ幸運に出会った。それ・・を見たとき、夢じゃねぇかとテメェを疑ったほどだ。


 俺はこの目で、「最後の行商路」を行く馬車を見つけたんだ。


 「最後の行商路」。ローンガルドでお宝を積んでアーサムへ行く馬車。行商のあふれるアルムへの街道で襲った馬車がそれなら、大当たり。護衛を殺せりゃ数年遊んで暮らせる。


 だったらローンガルド周辺で待ち伏せすりゃいいと考えるヤツもいるが、あそこの鋼鉄騎士団ドル・ゲイツはまともに相手できねぇし、第一「最後の行商路」をやろうって商人が滅多にでねぇ。待ってる間にこっちが飢え死にしちまう。


 そういう訳で俺たちがローンガルド―ドラゴニア間を狙わねぇから、商人たちもドラゴニアから護衛を付けるんだ。


 もしもローンガルドからドラゴニアの間で幌馬車を見つけられたら……、盗賊ならだれしもが妄想する話だ。


 その妄想が、今、俺の視界の遠くに見える。


 俺は興奮していた。

 寒さで体が身震いするような、あの感じが足下から沸いてくる。


 落ち着け。やるべきことは決まってる。指笛を鳴らせ。


 赤き牙じゃ、最初に指笛を覚える。身内で使う暗号各種を頭に叩き込む。取り分け重要なのは、「お宝発見」の合図だった。


 牙は最初に宝を見つけたヤツに、1割の分け前が与えられる。手に入れたヤツじゃなく、見つけたヤツ、だ。


 宝を奪ったヤツじゃない。それだと牙の団員で同士討ちが始まるからだ。

 奪うのはそこにいる牙全員で取りかかる。そしてその時にいた連中でまた1割を分ける。発見者はたったひとりで全体の2割を獲得する訳だから、必然的に「お宝発見」の指笛は最初に習得することになる。


 見たところ、馬車は一台。おそらく護衛はない。居ても相乗りの素人だろう。

 それに反してこっちは馬車二台。俺を含めて10人。

 1人はガキで戦力にならねぇだろうが(そもそもなんでここにガキが?)、残りは招集を受けた「六番級」以上の牙だ。(入団したての「番外」から数えて、七、六、五、四、三、二、一、特、最上番級の10階級)


 しかも運良く五番が2人もいる。


 必勝だ。まちがいなく。あとは合図を出すだけでいい。


 だが俺は焦っていて、口に入れるつもりの指を勢いあまって鼻につっこんだ。もう一方の手でむりやり鼻から指を引っこ抜いて、あらためて口に入れようとするが(汚いなんて言ってられねぇ)、手が震えていた。


 手の震えに気づくと、足まで力が抜けてきやがる。情けねぇ。どうしたって俺はこんな……、ええい、やれ!


 俺は自分の指を食いちぎる勢いで咥え、息を吹いた。


 しかし上手く鳴らない。ダメだ。これで他の団員に馬車の存在がバレてしまう。


 ……ところが、またしても幸運は俺に味方した。


 なぜか馬車には妙な緊張感があって、だれも俺の動きに気づいていない。見れば五番級の2人の間に、1人紛れこんでいるガキが偉そうな態度で椅子にふんぞり返っていて、2人はそのガキの様子をうかがっているらしかった。(御者の六番級は間抜け面で手綱を握っているだけだ。後続の馬車の様子は分からない)


 もしかして、このガキ本当に偉いのか?


 しかし、階級章代わりの牙の装飾品がどこにも見当たらない。


 俺たち六番級は、手首にアックスビーの牙で作った腕輪をしている。番外でひとつ、七番級でふたつ。そして俺たちでみっつの腕輪を重ねて付けている。


 五番の連中になると、みっつの腕輪を外し、シェルガルの大牙で作り直した腕輪をはめる。そこから先は、正直俺には分からない。六番までは五番の、五番になれば四番の、といったように、少し上の階級のことしか教わらないからだ。


 しかしそうは言っても、まさかあのガキが四番以上なんてことはないだろう。見たところ腕輪はしてないし、装飾らしいものと言えば、小さな赤い牙の耳飾りだけ。たぶん階級が上がるにつれて物もでかくなるに違いねぇから、まだ番外ですらないだろう。


 いけねぇ。余計なことを考えてる暇はねぇんだった。


 だが無駄なことを考えていたお陰で、俺はいつのまにか緊張が解けていた。


 よし、吹くぞ!


 大儲けだ!


 ピィー、とけたたましく指笛が鳴る。やった。俺はやったぞ。ざまぁみろ。金持ちだ。美味い飯を食おう。女と、新しい武器と、シースラントで見た竜の鱗のマントも買おう。


 俺は指笛を鳴らし続けて、同時に夢も膨らませていた。


 馬車は見る見るうちにお宝へ近づいていく。相手の馬車が重いのだろう。つまり「最後の行商路」で間違いないという訳だ。


 俺は興奮をより一層高めて、荷台の後方から身を乗りだし、お宝を見た。


 お宝の馬車の幌屋根の上に、男がひとり弓を持って立っている。護衛か? と一瞬疑ったが、遠目に見てもガキだと分かった。うっすらと荷台の中に立って見える男も、同じような年だ。


「ガキだ! やっちまうぞ!」


 俺は自分でも驚くくらい、猛々しく叫んでいた。


 間抜け面の御者が奇声をあげて鞭を振るい、馬車の速度をあげる。馬車が速くなるにつれ、俺の鼓動も高まった。


 すると、途端にあらゆる景色が遅く感じ始めた。興奮が最高潮に達したからなのか、なにもかもが止まってみえるようだ。


 幌屋根の上のガキが弓を引いている。一丁前に、鉄の弓矢を番えていた。


 バカが。これだから素人は。


 あんな揺れる馬車の、それも不安定な屋根の上から、これまた動いている物に向かって矢を当てるなんて、不可能だ。弓を満足に引くことだって出来やしねぇ。


 ……しかしあのガキ、弓を引いているように見えるな。


 あんなに馬車が揺れてるのに、上体は動いてないようにも思う。


 まさか。錯覚にちげぇねぇ。

 俺の興奮が行きすぎて、頭がどうにかしちまってるのさ。


 ガキが弓を放った。


 弓矢はまっすぐこちらへ向かってくる。ちゃんと飛ばしただけでもあっぱれってもんよ。これで当てられたら怪物……、ん? あの弓の軌道、このまま行けば俺の肩を狙って、あれ? おやおやおや?


「あれぇ?」


 気がつけば、俺の肩を鉄の弓が貫き、その勢いに押されて俺の体は宙に浮いていた。ぽんと荷台から弾き出され、街道脇の草むらに突っこむ。


 ……幸運なことに、ちょうど馬車が曲がるところで、後続の馬車に弾かれることはなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る