ドラグ=ナイツ

沢田輝

第1話 強襲、赤き牙

 居心地のいい馬車ではなかった。


 16才のウェイン、デューク、17才のルーサー、年下で15才のエミリオの4人は、竜の騎士団ドラグ=ナイツの一員になるために竜国ドラゴニアを目指していた。


 馬車の主人の商人は、大陸の東北に位置する鋼鉄の国ローンガルドで鉄鋼品を買いつけ、数週間かけて南下して凍結連峰を越えてウェインたちの住むリド村までやってきた。これからさらに南へ向かい、緑の平原からヴァーグ神山へとはいる。


 商人は神山の中腹にあるドラゴニアで竜騎士(とは名ばかりで、竜さえ持たないただの傭兵だが)を雇いにいくところだった。護衛をつけたあとは、アーサム都市同盟の、アルム、カッセリア、ディータの三国へと行商してまわる。


 俗にいう「最後の行商路」である。旅が終われば、商人はひとかどの財産を得て故郷に店をもつだろう。荷台はその資金をつくるための商品でいっぱいで、快適な旅には必須のストーブはもちろん、椅子さえ置いていなかった。


 そんな真新しい鉄のにおいが充満する荷台の隅に、ウェインたちは押しこまれていた。無料同然の相乗りだ。文句はつけられない。だが若い彼らにはまだそんな分別はなかった。


「おやじ、もうちょっと風通しよくできねーの? 鉄くさくてたまんねぇよ」


 リド村の怪力、デュークは世界一固いといわれるクダンの実の殻を素手で砕き、その種子を噛みながら巨体にお似合いの大声で御者席に呼びかけた。


「乗せてやってるだけありがたいと思いな」


 そう言う商人に、ウェインが頭だけ御者席にのぞかせた。


「それはこっちの台詞だろ? 運賃に加えて俺たちリド騎士団の護衛つきだぜ」

「悪ぃな。ガキのごっこ遊びに付き合う年じゃねぇんだ」


 すると今度は一番若いエミリオが割って入った。エミリオが口を開くのはいつもウェインの後からだ。


「確かにぼくたちまだ本当の騎士団じゃないけど、これから本当になるんですよ」

「おいおい本気でドラグ=ナイツに入る気なのか? 俺ぁてっきり下手な冗談かと思ってたぜ」

「この装備を見て分かんねぇのかよ」


 デュークは石斧と木の盾を打ち鳴らした。それに合わせてウェインは銅剣を、エミリオはカシワの魔法杖を掲げた。同じカシワの長弓を持ったルーサーだけは静かに座ってそのやり取りを聞いている。


「はっはっは。門前払いに決まってら」

「野党が出て俺たちに助けられちゃあ笑っていられねーぜ、おっちゃん」


 ウェインは身を乗りだし、御者台の背もたれに肘をついた。


「こら! 中に入ってろ! ずり落ちて死んじまうぞ」

「平気平気! この程度で振り落とされてちゃ、竜になんて乗れやしねぇもんな」

「ドラグ=ナイツだけじゃ飽き足りねぇで竜騎士にまでなるつもりか? いよいよ冗談にもなりゃしねぇ。それに、こんな田舎道に野党が出る訳ねぇだろ?」

「そんなの分かんねぇじゃねぇかよぉ」

「行商がなんでドラゴニアで護衛を雇うか考えてみろ。この辺りは物があっても売る場所がねぇ。強奪したって荷が増えるだけで邪魔だ。襲うならアルムへ行く街道でって相場が決まってんのよ。牙の連中もシースラントかアルムで仕事を探しながら盗賊家業やってんだからな」

「牙の連中?」


 せまい中をエミリオが割りこんだ。しかしウェインは邪険にせず、彼の腕を引っ張り上げて隣りに立たせた。エミリオの柔らかい金の髪が風にはためくと、ウェインの脳裏にリド村の麦畑がよぎった。まだ旅に出て数十日だ。郷愁を抱くには早すぎると、ウェインは頭のなかのイメージを無理矢理ふり払って言った。


「盗賊団『赤き牙』だよ。ドラゴニアからアーサムまでの道のどこかに本拠地の砦があるんだ。ほとんど傭兵崩れの集まりで、戦闘集団らしいけどな」

「そんなのが近くにいるの!?」


 エミリオは小動物のように辺りを見まわした。


「暴れるんじゃねぇ! 本当に落ちるぞ! こんな片田舎にゃ来ねぇって言ってんだから静かにしやがれ」


 怒鳴る商人をウェインがなだめる。


「心配性なんだよ。エミリオ、昼飯の準備をしててくれ」


 しぶしぶ荷台に戻ったエミリオは、食料を入れた共用の大きな袋の口を開けると、その中に潜って食材を漁った。


「まあ、あの坊主には感謝してるが」

「そりゃエミリオの魔法で火は簡単に焚けるし、料理も抜群に上手いからな」

「コックになりゃいいんだ。それなら俺にも伝手があるぜ。俺が店を作ったら、そこで雇ってもいい。なんならお前も、後ろのバカでけぇヤツも面倒見てやるぞ。力がありそうだ。あの暗ぇ兄ちゃんは……まぁ考えてやるよ」

「バカ言うなよ、おっちゃん! 俺たち4人でリド騎士団さ!」

「牙ごときに怯えるガキが、ドラゴニアの騎士になれるとは思えんがねぇ」

「まるで会ったことがあるような口ぶりじゃん」

「行商なんてやってりゃしょっちゅうさ。もちろん護衛付きだし、やつらにも腕の立つヤツ立たねぇヤツ、色々だけどな」

「へぇ~。襲われた時はどんなだった?」

「あいつら人を襲う時は必ず指笛を鳴らすんだ。牙が来たぞって脅して焦らせるためにな。中には牙を装ったはぐれ者の場合もある」


 ピィー! と指笛が辺りに響いた。


「そうそう! そんな感じだ。上手ぇじゃねぇか」

「おっちゃん、俺なんにもしてないけど?」

「なに?」


 御者が席の上に立って後方を見たと同時に、黙りこんでいたルーサーが言った。


「ウェイン! 敵だ! 後方左右から馬車2台!」


 指笛は鳴り続いている。


「えぇっ! なに!? どうしたの!?」


 エミリオは袋の中で転げまわった。デュークは残りのクダンの実をいっぺんに握り潰し、種子をまとめて噛みながら武器を手に取った。


「なんで牙が! 護衛もねぇってのに!」


 御者は慌てて手綱を握りなおした。指笛の音が近づいてくる。


「重い荷を捨てろ! 追いつかれる!」


 ウェインはすくみ上がった商人の肩に手を乗せた。


「おっちゃん、店作るんだろ? リド騎士団に任せな」

「遊びじゃねぇんだよ!」

「ああ、遊びじゃねぇぜ。俺たち騎士団も、おっちゃんの店も」


 商人は逡巡した。だが、指笛に蹄の音が混ざり始めて、心を決めた。


「俺も焼きがまわったぜ、ちくしょう……!」

「そうこなくっちゃな! できるだけ真っ直ぐ走ってくれ。その方が戦いやすい」


 ウェインは荷台に飛びこみ、銅剣を手に取った。

 それを振り返りながら見た商人は、


「なまくらで戦う気か! 俺の商品を使え!」


 言われて、ウェインは積み荷から鉄剣を取りだした。その剣格には、鋼鉄の国ローンガルドが信仰する鉄の神、ドルを象徴する鉄の拳が模られている。


「これがローンガルドの鉄剣……」


 ドラグ=ナイツでも騎兵隊長クラスが持つ武器だ。商人はウェインに扱いきれるか心配していたが、刃こぼれした銅剣で戦わせるよりはマシだと思った。


「みんな、おっちゃんの武器を借りて戦うぞ!」


 デュークが鉄斧と盾を、ようやく袋から抜けだしたエミリオが鉄杖を、ルーサーはウェインに言われる前から鉄の矢の束を荷ほどきしていた。


「ルーサー、屋根の上から迎撃を。デュークはおっちゃんの馬の背に乗って前からの襲撃に備えて、エミリオは俺の後ろだ」


 そう指示をすると、ウェインは荷台の後ろに立ち、剣を構えた。


「ガキだ! やっちまうぞ!」


 牙の1人がそう叫んだ。

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