第7話 伝説のギャンブラー、ゴイ

 男は、何かもうまくいかないと思っていた。


 ローンガルドでブラックスミス(鍛冶屋)の3番目の息子として生まれた男は、当然として家業の道を歩みはじめた。


 しかし手先は滅法悪く、すぐに成果を求めるせっかちな性格も職人に合わない。一方の兄2人はハンマーを握るために生まれてきたような質で、跡継ぎの心配もないと分かれば男が家族から見放されるのは早かった。


 家に居てもイヤな気分になるだけと思い、故郷を捨てて一番近い国、ドラゴニアへ遠路はるばる旅をしてきた。思えばその旅だけが、これまで男が行ってきたことの中で唯一成しとげたことだ。それくらい男は何もかもうまくいかなかった。


 男の名はゴイ。家名は既に捨てた。


 ゴイはドラゴニアで傭兵になるつもりだった。才能がなかったとはいえ、長い年月重いハンマーを振ってきたから、筋力に自信があったのだ。


 見た目も人を威圧させるものがあったため、ドラゴニアの地竜の街で傭兵として働くことができたのだが、実際に戦いになると荷物持ちが精一杯だった。


 ゴイには人から傷つけられることはもちろん、人を傷つけることもできなかったのだ。


 荷物持ちではその日暮らしが精一杯。


 もう恥を忍んで故郷へ帰ろう。そう思っていた。


 残った金は13グルダ。宿一泊分にもならない。


 どうせなら良い物でも食べて、それをドラゴニア最後の思い出にしようと、ゴイは思った。そうして前々から食べたいと思っていた、フラン・ボスターの店の怪鳥マルカの香草焼きを目当てに街を歩き始めると、街はいつもより賑やかになっていたことに気づく。


 ああ、あの季節が来たのか。


 ドラグ=ナイツの採用試験が始まったのだ。この入団試験を見物しに来る地元の人間、また観光客を相手に、街は華やかになる。なかでも一番の催し物は、誰が試験に合格するかを賭けた国営ギャンブル。


 受験者の情報を国の調査期間がまとめ、それを元にオッズが決められる。


 採用の定員は580人。受験者は例年5000人程度。


 オッズの平均は、合格者を当てられたら1.2倍。入団優秀者(およそ30名)を当てられたら3倍。その年の竜神賞を当てられたら15倍になる。


 もちろん平均の話で、例えばゴイが入団試験を受けたとすれば、すでに傭兵での『働きぶり』は割れており、合格の枠だけでも100倍は付けられるだろう。


 そうやって『外れ』を用意しておかなければ、ギャンブルは成り立たないものだ。


「思い出には、味よりスリルか」


 ゴイはこれまでギャンブルには一切やったことがなかった。職人の家は賭博を敵視さえしていたのだ。まともな人間がやることではないと。


 だが考えてみれば、ゴイは職人としてまともであったことなど一度もなかった。


 なのにギャンブルに触れてこなかったのは、ある種の負い目からだろうか。わずかでも職人を目指した者の矜恃のような、小さな星を守るような気持ちがあったんだろう。だがゴイにとって、その星の輝きは小さな影を生みだすだけだった。


 ゴイは有り金を軽く握り、賭場へ向かった。羽の様に飛んでいく金だろうから、握りしめるのはよくないと思ったのだ。


 賭場は人でごった返していた。正確には賭場と試験申し込みが出来る受け付けの二つが同じ建物内にある公共施設で、その両受け付けの間には軽い飲み物を頼める店もあった。


 金を賭ける連中は、そこで食事をしながら申請に来る者たちを眺めて、事前に予想を立てる。それだけでなく、壁には何年か入団試験に挑戦してあと一歩という者たちの似顔絵が描かれた羊皮紙が張られており、そこからも情報を収集した。


 似顔絵になっている者たちは1.1か、1.2倍のオッズを付けている。


 賭場の受け付けの奥の壁には巨大な板があって、そこに地竜の国で入団試験を受ける者の名前が次々と書かれていく。


 ゴイはすでに賭けるところを決めていた。


 もっとも倍率の低い者に賭ける。


 どうせ世の中、予定調和。


 さて、もっとも倍率の低いのは……、とゴイがオッズを書いた板を眺めていると、ちょうど今しがた新しい受験者の名前が刻まれ始めた。


名前 ウェイン=シェリス

年齢 15歳

特徴 赤髪・緑の瞳 身長173cm

武器 ローンガルドの鉄剣

出身 リド村


 オッズ 210倍


 田舎出で、しかもあまりに若い。武器は自己申告だから、見栄からくる嘘に違いないとゴイは思った。そういう受験者はたいていバカみたいなオッズが付けられるものだ。


 しかしローンガルドの鉄剣とは。寄りにもよって、その名前が出るなんて。


 これも何かの縁だと、ゴイが金を賭けようとした時、ちょうどウェインがゴイの横を通り掛かった。


 間違いない。


 あれは本物のローンガルドの鉄剣。


 それも、俺の工房の銘だ。


 ゴイを驚かせたのは武器の真贋だけでなく、その男の表情だった。


 一番弱いと評された男の顔ではなかった。


 溢れる自信と気迫は、無知から来ているのかも知れない。


 それでもその緑の瞳から放たれた生気は、一瞬でゴイの心を打つものがあった。


 こいつは勝つ。


 不思議な確信と、高揚感があり、気がつけば全額を賭けていた。


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