第6話 離ればなれ

「じゃあまたな」


 商人シェリスと別れた4人は、ドラゴニアの古宿に泊まった。


 国に到着したときには陽が落ちていたため、手続きや街の散策は翌日にしようということになったのだ。そして翌日、


「んん……」


 二段ベッドをふたつ並べたせまい部屋で、窓際のベッドの上に寝ていたエミリオは、竈のふいごを吹かすような音に眠りを妨げられて目を覚ました。


「ぎょわあ!」


 窓枠をはみ出すほど巨大な瞳が、じっとエミリオを見ている。それが鼻息を鳴らすと、部屋全体がびりびりと振動して全員が目を覚ました。さすがのルーサーも驚きを隠せず、寝癖でぐちゃぐちゃになった長髪を飛び跳ねさせた。


「あ、あ、あ」


 エミリオが言葉にならない声をあげていると、巨大な瞳はバチンと瞬きをして、それからすぅっと窓から離れた。ドシンドシンと足音を鳴らして離れていくその背中には、翼が4枚。そして翼の間に立っている騎士が2人。


「竜だ……。こんな街中を散歩させてるのか?」


 エミリオの下段のベッドに寝ていたウェインが出窓を開けて床板に膝をつくと、いつかどこかで嗅いだような冷たい果実の匂いがした。


 同じように軒を連ねる宿や民家の窓から、ドラゴニアの住人や観光客が身を乗りだし、竜騎士に手を振っている。


 国土のすべてを、山の姿をそのままに長い壁の囲いを築いて作られたドラゴニアは、木々の隙間を巧みに活用し、最低限の伐採で整地された土地であるが、それにも関わらず幾何学的な街並みをしていた。そして街のどこからでも、竜都ドラグエルとヴァグエル城を見上げることができるのだった。


 ウェインたちが今いる水竜の街から竜都までは、馬車で更に1日がかかる。


 だが入団試験は、ドラゴニアの四方にあるどの街からでも受けることができるため、今ドラグエルへ向かう必要はなかった。そういったことを、商人シェリスは置き土産に教えてくれた。


「それで、どの街で入団試験を受ける?」


 デュークがベッドに収まりきらなかった両足をぶらぶらさせながら言う。


「商人のおっちゃんはライバルが少ないか、弱そうな候補者が多い街で申し込むのがセオリーだって言ってたよね? 試験内容は毎年違うけど、たいてい受験者同士の実戦があるって話だから」


 エミリオがウェインの顔を見下ろして聞いた。だが、彼は遠ざかっていく竜騎士の姿を眺めたままだった。憧れと期待に満ちた目は、自分が竜に跨がって空を駆ける姿を見ていた。


「勝ち上がっていきゃどうせ全員と戦うんだろ? ならどこだっていいだろ」


 とデュークは言ったあと、トイレに行くと言ってベッドを降りた。


「楽できるに越したことはないけどな」


 ウェインは変わらず竜の背中を見つつ答える。エミリオがそれに付け足して、


「ぼくも強い人とは戦いたくないなぁ」


「ルーサーはどう思う?」


 ここでようやくウェインは窓を閉めて尋ねた。


 既に着替えを済ませて弓の手入れを行っていたルーサーは、手入れの手を止めて少し思案してから言った。


「後々を考えれば、厳しい区間で受けるのも手かも知れないな」


「どういうこと?」


 エミリオは出窓の床板に座っているウェインの隣りに座ってルーサーの方を向いた。


「人は知らない相手ほど評価を決めたがる。ドラグ=ナイツの団員は1万を越えだ。更に毎年千人弱は新団員を採るとなれば、入団時にどの区間を戦ってきたかで評価は変わると考えた方がいい」


「あえて激戦区を越えた方がいいかも知れないってことか」


 ウェインは鍵を閉めた窓を背もたれにして腕を組んだ。冷たいガラスの感触に思考が冴えていくのを感じながら、


「目下の目標は合格だ。評判は後から作れるけど、最初で転けたら村まで戻らなきゃならないし、そんな金もないからな」


「なら最弱の区間を探すか?」


 ルーサーが聞き返したところで、デュークが戻ってきた。


「いや、それも考えものだ。激戦区は最初に負ける可能性がある。もしここでの入団試験が予選で、本戦が竜都ドラグエルで行われることになった場合、区間別に協力して戦うなんて形もあるかも知れない」


「ライバルが味方になる可能性を考えれば、最弱が尾を引くこともあるか」


「ああ。だから2番か3番を狙おう」


 ウェインが方針を決めたとき、デュークが言った。


「そういう訳にもいかなくなったんだな、これが。下の受け付けで俺たちみたいな受験者同士が話してたけど、今年からチームで応募しても個人で審査されることになったんだってよ」


「ええっ!?」


 エミリオが驚いて出窓の床板からベッドに飛び降りる。


「募集人数を増やす分、個別に審査しようって話らしいぜ。チームで応募しても、別々に区間に割り振られるそうだ」


「そんなの無理だよ! ムリムリムリムリ!」


「しょーがねーだろ、エミリオ。合格人数を増やすってんなら、むしろ簡単になったと思えばいい」


「デュークは楽勝でも、ぼくは後衛だよ! 個人戦じゃ負けるに決まってるよ!」


「いきなり実戦になるとは限らねぇだろ」


「なったらどうするんだよ!」


「落ち着いて魔法を使えたら、負けないって。じゃあ朝飯にしよう!」


 ウェインが着替え始めてからも、エミリオはずっと文句を言い続けていた。そんなエミリオを説得するのに午前中一杯を使ったが、いざとなれば棄権してもいいし、もしエミリオが不合格なら自分たちも入団を辞退するということで納得した。


「うぅ~……、じゃあせめて1番楽な木竜の街がいい」


 水竜の街の入団試験申し込み場で書類を書いている間も、エミリオは不安を口にしていた。それまでに市場や酒場で集めた情報によると、例年では火竜の街、水竜の街、地竜の街、木竜の街の順に強者がつどうということだった。


「チームでだれがどこに当たるかは選べないからなぁ。運に任せよう」


 ウェインが言うように運に任せた結果、一向の受験地は以下のようになった。


 火竜の街・エミリオ

 水竜の街・ルーサー

 地竜の街・ウェイン=シェリス

 木竜の街・デューク


「おしまいだぁあああ! リド騎士団、完!!」


 現在地の水竜の街から竜都を挟んで反対側にある木竜の街へ行くデュークが、泣きわめくエミリオを引き摺って試験会場まで連行していった。


「じゃまたな。ウェイン、俺以外に負けたら承知しねぇぞ」


「分かってるよ。お前こそ俺以外に負けるなよ」


「まだ俺が勝ち越してるだろうが」


 そう笑ってデュークは盾とエミリオを担いで去って行った。


「それじゃあルーサーも。移動がなくて楽でいいな」


 2人を見送ったあと、ウェインはルーサーに別れを告げた。


「その隙にドラグ=ナイツの内情を調べておこう。後々必要になるだろうからな」


「頼りにしてるよ。次に会うときは俺たち」


「ああ。ドラグ=ナイツだ」


 そうして、幼なじみの4人は数年ぶりに離ればなれになった。

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