第5話 紅き帝国バルハザンとの因縁

 赤き牙の攻撃を退けたウェインたちは、街道の端に本日の野営地を作りあげていた。もう手慣れたもので、ウェインとデュークは薪を集め、その間にルーサーはテントを立て、エミリオが魔法で火を起こした。商人は馬車の手入れを行い、それぞれが仕事を終えると、焚き火を囲んで車座になった。


 ウェインたちがドラグ=ナイツの入団試験がどんなものかと予想しながら談笑していると、商人は呆れたように言った。


「本当にドラグ=ナイツに入る気なんだな。どうしてそこまで?」


 ウェインらの故郷リド村は、紅き帝国バルハザンの侵略を受けて土地を追われた戦争被災者たちが寄り集まって出来た村だ。それゆえに親を知らない子どもも多く、ウェインたちもそれに漏れずに戦争孤児だった。


 バルハザンの侵略は逃避先のリド村にも及び、後ろ盾を持たない村はまたたく間に植民地支配を目前にした。


 そのとき竜騎士を引き連れてリド村を救い、同盟を名乗り上げたのが竜国ドラゴニアだった。各国の中間地点にあった村をバルハザンの支配下に置けないという思惑もあったが、ドラゴニアは対等な関係を結んだ。


 これを命じたのがまだ年若かったドラゴニアの第一王子リュシオン=ヴェグエルであることを知ったウェインたちは、バルハザンの支配から解放してもらった恩を返すため、また更にリド村とドラゴニアの関係を深めるためにも、ドラグ=ナイツを目指したのだった。


「ずいぶん立派な志しだなぁ……。分かった、これを持っていけ」


 商人は1枚の羊皮紙を取りだし、そこに何か書きこんでウェインに渡した。


「これは?」


「親がなけりゃ家名もないんだろう。俺の家の名前を貸してやる」


「どうしてまた」


「入団試験に家名は必須だ。どうせ知らなかったんだろう」


「本当か!? ありがとう! 危うく門前払いだったよ。それで、なんて読むんだ?」


「シェリス。俺は一介の商人しか過ぎねぇが、古くはゴッドリアの神聖騎士団ホーリークロスの近衛騎士団長を務めたというトリシュトラム=シェリスの血を引く名だ」


 受け取った羊皮紙に書かれた名前は不思議と光って見えた。


「証人には俺の所属するギルド長がなる。商人ギルドのある街ならどこへ持って行っても効果を発揮するだろう。それと、お前たちが今日使った武器はくれてやる。俺は中古品を新品なんて偽って売らない主義なんでな」


「なにから何までありがとう!」


「今日からはウェイン=シェリスを名乗ることだ」


 スープを煮込みながら話を聞いていたエミリオが言った。


「ぼくらもシェリスになるの?」


「入団試験にはリーダー1人の名前だけあれば問題ないハズだ」


「やけに詳しいな」


 と静かに横たわっていたルーサーがつぶやく。


「このガンプ=シェリスもトリシュトラムの子だ。一度は武勲を立てようと考えたものさ。昔の話だがね」


 ガンプと名乗った商人は、遠い目をして焚き火を見つめた。


「またトリシュトラムの名が世に広がるように、活躍してみせるよ」


「期待しねぇで待ってるよ。いつかカッセリアに寄ったら訪ねてこい。そこに店を建てるからよ」


 夜がふける。


 食事を終えた一向は火の番を決め(ルーサーが自ら名乗り上げた)、各々の寝床、ガンプは馬車、2つ立てたテントの内ひとつに体のでかいデューク、もうひとつにウェインとエミリオが入っていった。


 エミリオはテントのなかで外の焚き火から差しこむ明かりを使い、魔道書を読みこんでいた。


「早く寝ろよ。体がもたないぞ」


「でも皆の足を引っ張りたくないし……。今日の戦闘だってロクに魔法を使えなかったから」


「事故とは言え、杖の一撃がなきゃ負けてた。運が良いのも武器だって」


「いっそ杖術家になろうかな」


「前衛ばっかり増えても戦略が狭まるだろ? 気にしすぎだ」


 ウェインが隣から手を伸ばして魔道書を閉じると、エミリオは寝袋のなかに潜った。


「ぼくだけ試験に落ちたりしないかな」


「ああ~もう寝ろ!」


 その夜、同じような台詞を7回は聞くことになるウェインだった。

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