私だけのヒーロー様
安崎依代@『比翼は連理を望まない』発売!
※
ヒーロー様。ずっとお慕い申し上げておりました。
ですが貴方様は、広く世界のために、
それがつらかった。悲しかった。
……でも、それも、今日で終わりね。
だって貴方様は、わたくしの所にきてくれた。こうしてわたくしは、貴方様を抱きしめることができた。
貴方様の目が、わたくし以外のものを映すことはない。
貴方様の口が、わたくし以外と言葉を交わすこともない。
貴方様はようやく、わたくしだけのヒーローになってくださったのね。
幸せ。わたくし、とても幸せだわ……
「ずーっと、ずーっと……こうしていましょうね?」
わたくしは柔らかく微笑んで、貴方様の頬に顔を寄せた。
※ ※ ※
「レッド! 無事かっ!?」
廃工場に踏み込んだ戦隊メンバー達は、脇目を振らずに工場の最奥を目指していた。
彼らのリーダーであるレッドが行方知らずになって早数日。持てるすべての情報網を駆使してようやく掴んだ話によると、最後に目撃されたレッドは町中で10代前半の少女に道を尋ねられ、目的地までの案内役を買って出ていた所だったという。
正義感が強く、まさに戦隊ヒーローのリーダーに相応しい性格をしたレッドらしい行動だとは思う。だがどうにも今回はそんなレッドの性格を逆手に取った罠に引っかけられたような気がしてならない。
切に無事を願いながら、メンバーはしんと静まり返った廃工場の中を突き進む。ここまで敵襲らしい敵襲もなければ、人の気配すら感じなかった。
偽情報を掴まされたかと、一瞬焦りが胸を焼く。
「レッ……」
だがその焦りは、凄惨な光景にあっけなく蹴散らされた。
赤。彼らのリーダーが、常に身を包んでいた赤。
その燃えるような赤が空気に触れた場所からどす黒く色を変え、吐き気をもよおすようなにおいがさらにその黒さえも巻き込んで全てを上書きしていく。
「あら?」
その中心にいた少女が、振り返る。
その腕の中にあるものが何であるかを理解した瞬間、先頭を突っ走っていたグリーンはせり上がる吐き気を我慢できずにその場で胃の中の物をぶちまけた。
「……貴方達、まだわたくしの邪魔をするの?」
部屋を染め上げるどす黒い赤と同じ物で全身を濡らした少女が胸に抱きしめていたのは、グリーンがよく知る男の生首だった。虚ろな目を虚空に向けた生首は、彼がすでに絶命していることを雄弁に物語っている。
「せっかくこうして、彼をわたくしだけのものにできたというのに」
レッドの生首を抱きしめた少女は、一度言葉を止めると生首にスリッと頬を擦り寄せた。まるで年端もいかない少女がぬいぐるみに顔を
「まだ貴方達は、彼の瞳に映り込もうと言いますの?」
幸せそうに生首の感触を堪能した少女が次に仲間へ視線を向けた時、その顔から感情と呼べるものは全て抜け落ちていた。
「レッドの親友のブルー」
少女の指がスッと伸ばされ、グリーンと同じく目の前の光景を見て凍りついた仲間達へ指先が向けられる。
「レッドにただならぬ感情を向けていたグリーン」
たったそれだけで、どこからともなく吹き荒れた風が立ち尽くす戦隊ヒーロー達の体をなますに刻む。
「レッドと肉体関係にあったピンク」
少女が淡々と語る中、ただの肉塊と化した戦隊ヒーロー達はボタボタとその場に崩れて落ちていった。
「レッドが心底想っていたイエロー」
言葉が終わった後にはもう、何も残っていない。
「ずるい。ずるいわ。貴方達はずっと、彼の瞳に映っていたのでしょう? 彼が死んでしまった後くらい、遠慮なさって?」
淡々と苦情を述べた少女は、害虫を片付け終わるとレッドに向き直る。その瞬間、少女の血に彩られた
「ごめんなさい、うるさくしてしまって。……もう片付いたわ。もう貴方様以外を瞳に映すことはないから、安心して?」
そっと瞳を伏せ、もう何も語ることはない冷たい唇に己の唇を寄せる。
「あぁ……。これで貴方様は、わたくしだけのモノ」
少女は蕩けた顔で微笑むとそっと生首を胸に抱く。
自分だけのヒーローを手に入れたヒロインは、血と闇に彩られた世界の中心で、夢見るように笑っていた。
【END】
私だけのヒーロー様 安崎依代@『比翼は連理を望まない』発売! @Iyo_Anzaki
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