わたしのヨル

こざくら研究会

わたしのヨル

 わたしのヒーローは黒い猫。あの子がいつも守ってくれる。

 まだ小さな時だった。わたしが白いワンピースと人形を買ってもらい、喜んで家の庭で遊んでいると、隣の家の男の子が、家を隔てる柵を乗り越え入って来た。そうして人形を取り上げたんだ。

「お前、こんな子供みたいな遊びしてんのかよ。何この人形」

 わたしが、アニメに出て来るキャラクターだったと思う。そこからロージーと名付けたその人形を、男の子は芝生の地面に投げ捨てた。首が取れてころんと転がり、それがとても悲しくて大声で泣いたんだ。

 そうしていると、そこに黒い猫が颯爽と現れた。猫は男の子の周りを、跳び回るように駆けると、いきなり男の子に飛び掛かった。鋭いパンチと噛み付きに、男の子は涙を流して退散して行った。

 その後、猫はちらりとわたしに振り返ると、そのままどこかに走り去った。


 夕方、うちにその子の親が怒鳴り込んで来た。お父さんとお母さんはペコペコと頭を下げていた。隣の家の人が帰った後、わたしはお父さんとお母さんからお仕置きされた。

 夜は寒い。わたしは凍えていると、にゃあと猫の声が聞こえた。振り返ると木製の箱が積まれた上に、あの黒い猫が居たんだ。その猫は木箱からしなやかに飛び降りると、わたしの近くに寄って来て、その顔を擦り付けて鳴いた。あなたはわたしのお友達、そう思った。

 その日から、夜に出会った事から、体の色が夜のようだから、わたしはその子をヨルと呼ぶようになった。

 わたしが夜に凍えている時、ヨルは必ず現れて、寄り添ってくれた。わたしはヨルの温かさのおかげで、眠る事が出来たんだ。




 小学校に上がった。周りの子達はみんな綺麗でわたしはうらやましいと思った。でもそうでないのだから仕方ない。わたしは目立たないように、学校では静かに過ごす事にした。

 だけれどわたしが綺麗でないから、直ぐに周りの子からからかわれた。ランドセルを取り上げられ、それを川の中に落とされたりした。

 家に帰るとランドセルを汚した事でお母さんに怒られた。

 夜は寒い。だけれどヨルは暖かいから平気だ。


 ある日、わたしをいじめていた子が学校に来なくなった。理由はどうしてかわからない。だけれどわたしのお母さんが学校に呼ばれた。

 家に帰るととても怒られたが、わたしには何の事かわからなかった。

 夜はとても寒いので、わたしはヨルを抱きしめ眠りについた。

 その後から、学校に行っても、誰もわたしと話してくれなくなった。

 わたしは静かに過ごすのには丁度いいかも知れないと思った。




 小学校を卒業し、中学生になった。いろんな所から見ず知らずの子が集まって来る。

 わたしはそんな中でも一人だった。

 ある日、わたしは校舎裏に男の人に呼ばれた。好きですと言われた。わたしは、それは何ですかと聞いたら、その子は顔をくしゃくしゃにして、走ってどこかに行ってしまった。

 どうして泣いていたのだろう。わたしは本当にわからないから聞いただけなのに。


 その次の日から、わたしへのいじめが始まった。わたしとしては、全然見知らぬ女の子だったのだけれど、どうしてか、わたしが許せないようだった。

 そうされていると、昨日わたしに好きと言った男の子が、わたしに冷たい目を向け、黙って教室から出て行った。

 わたしは何かしたんだろうか。


 校舎裏に呼び出され、何人かの女の子達に叩かれていた時だった。藪がガサリと動いたかと思うと、そこに凛々しいヨルの姿があった。ヨルは駆け出し、女の子達の一人に飛び掛かる。一人が引き倒され、他の女の子達がわっと逃げると、ヨルはまた駆け出し、一人、また一人と引き倒し、やっつけて行ったんだ。

 その後ヨルは、わたしに近寄って来て、その頬をわたしにこすりつける。

 わたしは嬉しくはあったが、悲しくもなった。

「ヨル、ありがとう。でも、わたしの為に、もうこんな事はしないで。人は、叩かれたら痛いんだよ。ヨルもそうでしょ?」

 わたしがそう言うと、ヨルはわかっているのかわかっていないのか、わたしの顔を見上げて、みゃあと鳴いた。


 その日の夜、うちに先生達が来て大事になった。

 わたしはヨルがした事で、ヨルが怒られるんだと思った。そうしたら途端怖くなった。

 先生達は、テーブルを挟んで、わたしと、お父さんとお母さんに真剣な表情で、女の子達が怪我をした。中には顔の骨を骨折した子までいると言った。

 わたしはヨルが、わたしを守ろうとしてくれた事を話した。ヨルは悪くないと言った。

 それで、女の子達がわたしをいじめていた事がわかると、先生達は向こうの親御さんとも話さなくてはいけないと言って帰って行った。

 その夜もお仕置きだった。

 夜は寒い。だけれどわたしはヨルがいるから平気だ。


 結局その後、わたしはしばらく学校を休ませられたが、その事についてはそれっきり何事もなく、また学校に通う事になった。

 学校では、小学校の時みたいに、誰もわたしに話してくれなくなった。いじめていた女の子も、わたしを好きと言った男の子も、それ以来、わたしと目が合うと、慌てて顔をらすようになった。




 中学を卒業してから、わたしは高校に行かせて貰えなかった。だから寒いしお腹がすく。それでもわたしはヨルがいるから平気だった。

 ある時、お母さんが家から出て行った。

 お父さんはそれからずっと不機嫌で、今までは三日にいっぺんだったのに、毎日お仕置きをしてくるようになった。わたしはごめんなさいと何度も言ったが、お父さんは許してくれなかった。今まではお腹だったりしたのに、学校に行かなくなってからは顔にもお仕置きするようになった。

 そんな時、みゃあと声がした。わたしはダメだよと言った。なのにヨルはお父さんの前に走り出て飛び掛かったのだ。

 お父さんはそのまま動かなくなった。


 わたしは寒い地下室ではない所で生活するようになった。お母さんがいないから、お父さんに食事を作って上げなくてはいけない。夜にはヨルのご飯も作ってあげよう。

 お父さんはずっと地下室で眠っていたから、寝室につれて行って上げた。いつもご飯だよと言うのだが、いつも眠っている。お仕事頑張っているんだから眠っていて貰おう。起きたらいつでもご飯が食べられるように、冷蔵庫に作り置きを入れている。

 お母さんはいつ帰って来るのだろう。今日はパイが上手く焼けたから、お父さんとお母さんに食べて貰いたいのに。

 お父さんは今日も起きて来ない。


 電話がいつも鳴っている。うるさいから電話線は、ハサミで切ってしまった。




 そしてその日、わたしの家の扉が叩かれた。背広のおじさんがやって来て、警察の者ですと言った。お父さんはいるかと聞くので、今寝ていると言った。会わせてほしいと言って来て、わたしが起こして来ると言うと、一緒に行くと言う。

 一体どう言う事だろう。わたし達は何もしていないのに。


 お父さんの部屋を開けると凄い臭いがした。なんの臭いだろうと不思議に思っていると、おじさんがこれはどう言う事だと言う。わたしは首を振った。何時から寝ていたんだと聞かれたから、わたしが素直に答えると、おじさんは警察署に来てほしいと言った。ほしいとは言ったけれど、おじさんはわたしを無理にでも連れて行く気がした。

 その時だった。猫が喧嘩をする時に出す、赤子の鳴き声のような唸りを聞いたのは。ヨルだった。

「ダメよヨル!!」

 わたしは必死に叫んだが、ヨルはわたしの背後から飛び出したかと思うと、おじさんの腕に飛び付き噛み付いた。おじさんは呻いて、腕を大きく振ると、ヨルが壁に叩き付けられる。だけれどすぐに体勢を立て直すと、再びおじさんに飛び掛かる。おじさんはヨルを掴もうとするがヨルは飛び退き、今度は滑り込むようにしておじさんの股の下を潜ると、後ろからおじさんのかかとに噛み付いた。

 わたしはもうやめてと何度も叫んだが、ヨルは止まらない。悲鳴を上げ、倒れ込んだおじさんに向かって飛び掛かった。

 おじさんはとっさに懐に手を入れると、銃を、取り出した。

「ヨルはわたしのヒーローなのよ! 殺さないで!!」

 わたしが叫ぶと同時だった。パン、パンと、思ったより乾いた、小さな音がして、ヨルが、胸を……。


 おじさんが、唖然とした表情で、わたしに問いかけた。

「ヨルって、誰だ? ここに、他に、誰がいる?」

 わたしは喉の奥から溢れるものを止められず、それを吐き出した。それは赤黒い、液体で、わたしは周りを見渡すが、ヨルはどこにも居なかった。

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