『春の末裔』ラウレンツィアーナ29番写本 フォリオ503rー507v 508v(単葉)
Aiinegruth
503r‐507v 508v(単葉)
503rー507v
この物語は、真摯な神の子羊たるあなたには、ふざけた空想のように映ったかもしれない。図画として装飾の一部をなす、見たこともないほど高くそびえる草木や、巨大な獣たちに、驚くかもしれない。けれども、本当のことだ。かれらはかつてここにあり、現在のわたしたちの羊や、虫や、カエルのようなそれらに、居場所を奪われた。創世記よりずっと前のことだ。あなたがパンやワインを尊ぶよりさきに、かれらはいた。海に、山に、あまねく場所で栄えていた。もうすぐはじめの千年紀が訪れる。一つの幻が分かるとき、それによってこの物語の真性はもっと高まるだろう。
わたしはかれらの使者だ。本稿には記さなかったが、名をゲネベラオハという。母星は遠くカシオペアにあり、かれらとともに暮らしている。わたしにはあなたのような目が三つ、腕が四つ備えられていて、文字を読むことと、書くことに優れている。文字という媒体を持ち込んだのもかれらだ。あなたが掘って小麦を取る土も、かれらのつばさが干からびたもので、あなたの足元のずっと奥――内部をマントル、中心をコアというのだが――は、かれらの女王の心臓だ。機関として取り出されたものが、身体を失っても無意識のまま活動を続けている。
ここまで記せば、あなたもかれらの素晴らしさを讃えるだろう。なぜなら、あなたは――ほかの生殖や分裂によって再生産された同類や、他種族も――かれらの恩恵にのみによってここにあるからだ。あなたは争いの面においてのみかれらより優れていて、それは遺伝子という未知の造形によって類似個体を短期間に再生産できる利点を持っていたという点にほかならない。わたしとかれらは実のところ共同意識の面で等しく、わたしはすなわちかれらの総体だといえる。
最後になるが、わたしからあなたへひとつだけ賞賛するべきことがある。極めて喜ばしいことに、あなたはとても優れた魂の形を備え、かれらと合一する資格をもった個体だということだ。幸いかな。あなたは文字を読むことができる。この文章は、性質に合致する特殊な素質がないと認識することはできない。というのも、書いてあるからだ、日本語で。いまは誰も知る由もない、ほとんどこの星の反対側で、一一〇〇年後に栄える言葉の様式で。だんだん。おかしくなってきたはずだ。認識が。込められた祈りの――わたしによる――おかげだ。あなたは、造る『春の末裔』を。その腹。きた。膨らんで。合一して産むからだ、いまからかれらを。この文章―あなたは―から、いる/目が離せないで。文字が、分かるだろう、浮か びあがってくるのが。迫ってくるのが。眼前には――あなたの――無数の文字が張り付いている。春だ。ああ、あなたはいまなった。母/あるいはわたしだけの英雄に。英雄たるあなたは産む。育て、繁栄させ、君臨し、悪を排除する。この星の悪を。あなたたちだったものを。この物語にないものを。安心しなさい。あなたはわたし/かれらに祝福される。何もかもに尊敬される。華やかで、安心して、ところへ――恐怖のない――迎えられる。助けるのです、わたしだけの英雄よ。ほら。最後に、紡ぎなさい、次のページの文字を、あなたのことばで。
508v(単葉)
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『春の末裔』は、著者不明の中世初期写本です。
全1巻のコーデックスからなり、イタリア、ラウレンツィアーナ図書館の閉架書架に保管されています。
おぞましい姿をした巨大な未知の生物との旅を記したラテン語による冒険物語であり、ノルマン
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『春の末裔』は始原生命体――バチカン呼称『
追記
担当職員へ、今年度末の封印の更新作業を行うにあたっての注意事項があります。
503r―508vに記された文字列を、
2023年3月15日22時以降、
日本語を解する人間にみせてはならない。
ほら、――あな、たのお腹が。
『春の末裔』ラウレンツィアーナ29番写本 フォリオ503rー507v 508v(単葉) Aiinegruth @Aiinegruth
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