結ばれない出会い

璃志葉 孤槍

懐中時計

 幼い頃の出会い。それは小さな出会い、そして大きな別れだった。


「あれぇ、どこぉ?」


 跪き、小さな手で草木をかきわけながら何かを探している小さな男の子。時折柔らかな木漏れ日が少年の栗色の髪を照らす。そんな男の子の目の前に懐中時計がぶらりと垂れ下がった。見上げると少年と同じくらいの小さな女の子が懐中時計を見せびらかして仁王立ちしていた。


「さがしものは懐中時計これ?」


 言いながら一歩前に出たことでようやく少女に光が射し、少女のさらさらな茶色い長髪があらわになる。きりっとした力強い眼差しを向ける少女の瞳は髪と同じ茶色だ。我が物顔を見せる少女に少年は小さく頷いた。差し出された手に、少女は懐中時計を置く。少し土で汚れているけどまだ新しい懐中時計だった。ふたを開け、ちゃんと動くことを確認すると、少年は破顔させた。


「ありがとう。でも、どうして探してるものがわかったの?」

「そんなの勘よ。そんなことより、あなたこの辺りに住んでるの? もし良かったら友達になってくれない? あたしひとりぼっちだから、毎日暇でしょうがないのよ」


 どこか得意げな少女に、少年は眉をさげて優しく笑う。


「うん!」


 気弱な少年と勝気な少女の、小さな出会いだった。


 それから二人は毎日のように出会った。互いに名前も聞かずに、ただひたすら林の中で遊びまわった。名前を聞かなかったのはなぜだかわからないが、お互いに聞かないほうがいい気がしたのだ。


「ねぇ、それそんなに大事なの? 毎日持ってるじゃない。またなくすわよ」


 〝それ〟と指さしたのは、あの懐中時計だった。少年はぎゅっと握りしめると、小さな声で少女に言った。


「ぼ……ぼくの、お気に入り」


 目を輝かせ、柔らかな笑みを見せる少年に、少女はつまらなそうにあっそ、と零した。

 少年はおずおずと少女に手を出した。


「なによ」

「手……だして」


 少女は訝しみながら、言われるがまま手を差し出す。その手の上に少年は何かを置いた。少女はそれをまじまじと見つめる。少年と全く同じ懐中時計だった。わけのわからないというような顔をした少女に、少年は歯を見せて笑った。


「お気に入りのおすそわけ」


 彼の笑顔を見て少女は少し色白の肌を赤らめる。


「なによ、わざわざ買ってきたの?」


 少年は勢いよく首を縦に振った。少女はふいっと顔をそむけるが、その顔は少し嬉しそうだ。そして一言。


「……ありがと」


 それからしばらくして少年はまたいつもの林に足を運んだ。いつも通り、お気に入りの懐中時計を持って。きっと彼女も持ってきてくれるだろう、とそう思っていた。

 いつもと同じ場所で少年は待ち続けるが、いつまで経っても彼女は現れない。一時間、二時間……。そしてついに、この日一回も彼女は来なかった。

 次の日も、その次の日も少年は毎日林に足を踏み入れるが、少女はやってこない。いつしか少年も林に立ち入ることはなくなった。



 それから十年ほどが経った。幼かった少年も少しずつ成長していき、十八になった時に国から招集がかかった。それは出征だった。十八になると男は戦争に行かなければならない。母にお別れを告げた少年……いや、青年となった彼は、覚悟を決めたように戦地へと旅立った。

 対するは隣の小さな国。小さいとはいえ、決して油断はできない。ここ五年以上ずっと戦争は続いていたのだ。

 戦地に降り立った青年は剣をかまえ、戦場となっている場所へと向かう。あたりには、たくさんの死体が転がっていた。もうどれが味方かもわからない。青年はごくりと喉を鳴らすと、雄たけびをあげながら軍帽をかぶった一人の敵に向かっていった。敵は彼に気づくなり、すぐさま剣をかまえ立ち向かう。お互いの剣が交わった時、敵の帽子が風に煽られ、落ちた。見えたその姿に青年は思わず動きをとめる。茶色い長髪にきりっとした茶色い瞳。ずいぶんと成長はしているが、今でもあの面影は残っている。そんな姿をさらした敵も目を丸くし、驚きの表情を浮かべていた。


「き……君は……」


 なぜここにいるのか、青年には理解できない。ここには男しかいないはず。それなのになぜ、あの時一緒に林で遊んだあのが今目の前に剣をかまえているのか。青年は距離をとりながら、彼女を見つめた。さらしが巻いてあるわけでもないのにぺったんこな胸。肩も腕も足も、全てが角ばっていて男らしい体つき。

 青年は恐る恐る尋ねた。


「君は…………だったのか?」


 勢いよく敵がとびかかった。それをかわしながらも青年は敵に攻撃しようとは思えなかった。かつての友かもしれないその人に刃を向けることなど、青年には到底できなかった。だが敵は迫真だった。そして敵ともう一度剣を交えた時、敵は静かに言った。


「騙して……すまなかった」


 青年よりも少し野太い声の敵はそれだけ言うと、自分の手を緩めた。それは一瞬の出来事なのだが、青年にはスローモーションで映画でも見ているように思えた。敵の手が緩んだことで青年の剣が敵の腹部を切り裂いた。真ん中まで剣が通ったところで敵が跪き、同時に剣も離れた。

 青年は剣を持ったまま、一歩後ろに下がった。青年の剣には、敵の血がべっとりとついている。青年が体を震わせていると、敵が持っていた小刀を青年に突き付けて言い放った。


「何を怖気づいている……。戦争にくれば敵を殺すのは、当たり前……だろうが。まったく、お前はいつまで経っても気弱なままだな」


 ふっと笑みをこぼすと、青年に突き付けていた小刀を自分の腹に刺し、思いきり切りつけた。大量の血が、青年の目の前を舞う。それと同時になにか鈍く光るものが敵のポケットから落ちた。敵が静かに倒れた直後、戦争終了の合図が戦地に鳴り響いた。

 青年は敵のポケットから落ちた〝それ〟を抱えながら、一人静かに涙を流した。

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結ばれない出会い 璃志葉 孤槍 @rishiba-koyari

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