最終話 その二人は、新世界の神である
アシェリアが天に昇って百年ほどが経った。
イエローストーンは、ついに噴火を起こした。ヒカルはそのとき
アシェリアならきっとやる。自分もやろう。ヒカルは、もう随分前から決めていた。
「ついに、天に昇られるのですね」
彼女は寂しげに言った。
その単に年老いた祖父を看取るような眼差しに、ヒカルは安心する。
北アナトリアは強国となっていた。いつか来るこの日のために、工業力を高め、周辺の国との関係も良好だ。神に攻められても、じゅうぶん対抗できるだろう。
イシュタルにおける、神の時代は終わろうとしていた。
イエローストーンでは、男神のいるカルデラより東側に、新しい溶岩ドームと火口が出来ていた。有感地震も多い。ヒカルは地面に手を置いて、地震波からマグマ溜まりの形を観測する。
マントルと繋がっているが、今なら起きる確率を半分にすれば洪水玄武岩となることはないだろう。
一人で出来るだろうか。不安がよぎる。かつては二柱の神がほとんどの力を使うほどの奇跡だった。
でも、やるしかない。神の力は認識が全てだ。アシェリアの言葉を思い出す。出来ると思えないものは、出来ない。
必ず出来ると思い込め。たとえ一人でも。
『一人じゃないよ』
不意に、懐かしい声がした。百年間、片時も忘れなかった声だ。
振り返ると、白く輝くアシェリアがいた。エミルがかつて語ってくれたように、ドレスのような光を纏っていた。
心に、限りない優しさが流れ込んでくる。よく知ったアシェリアの心だ。幻覚などではない。彼女は確かにそこにいる。
「アシェリア!」
ヒカルはアシェリアを抱きしめようとする。その手は虚しく空を切った。
『ごめんね』
アシェリアは少しだけ悲しげな顔をした。『今のわたしは天の神なんだ。肉体はない。ヒカルと触れ合うことは出来ないんだよ』
彼女からはもうバラの香りはしない。それでもいい。戻ってきてくれただけでヒカルは彼女に感謝する。
『あのときは、ありがとうね。庇ってくれてありがとう。ヒカルがああしてくれたから、わたしたちはもう一度会えた』
「あのときは、何も考えてなかったよ。アシェリアを、死なせたくなかった」
アシェリアはヒカルの身体に手を回す。触れられなくても、二人は抱き合う。
『ずっと、ヒカルの傍にいたよ』とアシェリアは言った。『ヒカルがわたしを感じてくれてたから、わたしは消えずに済んだ。ヒカルを神にしたとき、わたしはほとんど消えそうだった。ごめんね、長い時間がかかってしまって』
神の力は認識が全てだ。ヒカルがアシェリアを認識し続けたから、彼女は力を取り戻せたのだ。いっときでも彼女が消えてしまった可能性を考えてしまった自分を殴りたい。
『しょうがないよ。わたしも、何度も挫けて消えそうになった』
彼女も懸命に、ヒカルに語りかけてくれていたのだと知る。
二人は空中に浮かぶ。
眼下には雲海が広がり、地表には吹き出した溶岩が、地平線までを埋めている。
二人の足元には、ヒカルの肉体が横たわっている。
ヒカルも肉体を捨て、天の神となっていた。
『やろう。二人なら、必ず出来る』
ヒカルの言葉にアシェリアは子供のように、いつもの屈託のない笑顔を見せた。
この世界を幾重にも包む膜の裏側に、二人は向かう。隣の膜には地球がある。その膜は大きな穴がいくつも空き、崩れ去ろうとしていた。地球とイシュタルは、今まさに一つとなろうとしていた。
二人が旅したイシュタルの記憶を元に、ヒカルの肉体を新世界に作り変える。
何時間もかけて、新世界を創造した二人は、再びイシュタルに戻った。
かつて地球であった女神を、男神の横に並べる。二人の神の躯は、光の束となって溶け合うようにして消えた。
ヒカルたちは、ホモ・サピエンスと、災害の確率の半分と、地球の情報を伴って新世界に向かう。
かつては男神が子らに警告を与えるために、イシュタルに残った。しかし、今回はヒカルとアシェリアは一緒だ。
ホモ・サピエンスもイラハンナも、3万年前とは違う。彼らはイエローストーンを観測し、対策を立てる力がある。
『もう、離れない』
アシェリアが手を伸ばす。力をほとんど使い果たし、その姿は今にも消えそうだ。
ヒカルはアシェリアの手を取る。肉体はないが、確かに手を取っていると感じる。ヒカルもまた、かろうじて姿を保っているに過ぎない。
『さあ、行こう』
二人の神は、消え入るように新世界へと旅立った。
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最後までお読みいただき、ありがとうございました。
その少女は、新世界の神である 酒魅シュカ @sukasuka222
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