17日目 観光と邂逅
蕎麦を食べた俺たちは、その後も大通の散策を続けた。
昨日のことで少し調子の悪かった俺だったが、今は持ち直して十分に楽しめている。
途中、足湯という場所を見かけた際に何を勘違いをしたのか、イル姉が服を脱ごうとする事件が発生した。
どうやら、全身で浸かる温泉と勘違いをしたようだ。
上着を脱ぎかけ、慎ましい胸が露わになる前に、俺は何とか彼女の行動を止めることができた。
これは、調子を取り戻したと言っても過言ではないだろうか。
周りで何人か残念そうにしていたが、はっ倒してやれば満点だっただろう。
その後も、馬車に轢かれそうになったり、温泉卵を喉に詰まらせたりと、色々トラブルを引き起こしてしまったイル姉をしっかりとフォローしつつ、2人で楽しく観光することができた。
空が朱色になり、陽が沈みかけてきた。
道を挟むように並んでいる建物の窓から、明るい光が漏れ出てきた。
「お腹空いてきたね~」
「そろそろ夕食をとろうか。何か食べたい物はある?」
昨日は豪華な食事に緊張しすぎておいしく食べることができなかったので、2人で相談をし今日は食事を外で摂ることにした。
もちろん、事前に旅館には話をしてある。
「確か、旅館から大通までの間の道に、美味しそうな焼き鳥って料理を出してるお店があるって、旅館の女将さんが教えてくれたよ! 来る途中にお店の位置も確認したし、場所もバッチリ!」
イル姉は右手で親指と人差し指で丸い形を作り俺へ向けた。
まさか、これを見越して事前にリサーチをしてるなんて。
しかも、自分の目でお店の場所まで確認している。
この有能さは、最近のイル姉のポンコツっぷりからはとても考えられない。
「──何か変な物でも拾って食べた?」
「ちょっと、それってどういう意味?」
違ったらしい。
失礼なことを言ってしまった。
「じょ、冗談だよ。じゃあ、そこに行ってみようか」
「むー」
抗議の目線を送ってきた。
だが、すぐにまだ見ぬ食事へ思いを向けたのか、顔がすぐに期待のこもった物に変わっていく。
せっかく教えてもらったお店だ。
焼き鳥って言うものが何なのかはよくわからないが、名前のとおりの料理なのだろう。
イル姉も行きたい様だし、断る理由はなかった。
そうして俺たちは、来た道を戻りはじめた。
■■■■■
──空腹じゃ。
復活してもう3日だろうか。
あれから何も食べていない。
当面の目標の1つだった食事を摂っていないため、空腹で限界を迎えそうである。
直面している問題の1つだ。
もう1つの目標は、何とかゴミから漁り見つけた物を身につけている。
「そっちにはいたか?」
「いや、いなかった!」
「なら今度はこっちを探す。お前はあっちを頼む!」
「わかった! 全ては神岩様のお導きのままに」
あれがもう1つの問題だ。
今朝から、やつらは血眼になって妾を探している。
食事を摂っていなかったからか、先ほど逃げる際に上手く身体が動かせず、左脇腹に深手を負ってしまった。
今は空腹と傷の痛みで力が出ず、路地裏で物陰に隠れるように倒れていた。
明日になれば自然に治癒しているだろうが、この状態で見つかってしまったら逃げきれないだろう。
──今回はこれで終わりかのぅ。
魔力は全然溜まっていない。
今回死んだとしても、能力で身体を構成させることは恐らく無理だろう。
せめて、誰にも見つからないことを祈るしかない。
そんなことを考えていた矢先、目の前に人影がいくつか現れた。
暗くて姿はよく見えないが、大人の男女が2人と子どもが1人か。
どうやら年貢納めどきが来たようだ。
──お主たち、遅くなってしまったが妾もすぐにそちらへ行くぞ。
■■■■■
私は大通を出て旅館までの道を歩いていて、右隣には並んで歩くレオンがいる。
辺りはすっかり暗くなっており、食事時ということもあって人通りが多かった。
肉を焼く煙の匂いがそこかしこから上がり、私の食欲を昂らせた。
「確か、もう少し行ったところだよ!」
今朝、来る途中に場所は確認したのでバッチリだ。
建物の雰囲気も豪華なものではなく、大衆に向けられたものに感じられた。
緊張することはないと願いたい。
せっかく来たのだ、できるだけ楽しみたいのだ。
「──お姉ちゃんたち、ちょっと待って!」
楽しみで心を踊らせていた私の耳に、突然背後から聞いたことのある少女の声が刺さった。
驚いた私は思わず背筋がピンっと伸びてしまったほどだ。
右腕には、袖を捕まれている感覚がある。
恐る恐る私は背後へと振り返った。
どうやら声の主は、昨日花を売ってくれた小さな女の子だったらしい。
周囲の人たちは訝しむような視線を彼女へ向けている。
昨日のように再び花を売りに来たのだろうかと一瞬考えたが、両手には何も持っていなかったので違う用件の様だ。
近くの建物から漏れ出た光に少女の顔は照らされていて、その表情はとても真剣だった。
何があったのか怖くなってしまった私は少し戸惑ってしまいレオンへ顔を向けると、こちらの意思を察したのか頷いてくた。
勇気をもらった私は、膝を折り目線を揃え、努めて優しい声で尋ねた。
「どうかしたの? 何かあった?」
「あのね、その……あっちで血を流して倒れている女の子がいるの」
そう言って、少女は近くの路地裏を指差した。
予想の斜め上の答えが返ってきた。
「血が出たままずっとうずくまっていてね、でも、怖い人たちに追われてるみたいだったから、相談できる人もいなくて……」
それが本当なら治癒魔法で治してあげたい。
少女の目を見る限り嘘は言っていない様だ。
「その子はすぐそこにいるのね。そしたらすぐに──」
少女の案内で行こうとして立ち上がった私の左腕を、レオンはすごい剣幕で掴んできた。
「信じて大丈夫なのか?」
「それじゃあ、このまま放っておくの?」
疑うレオンに対して、私は強めに聞いてしまう。
こんな少女が嘘を付く理由が見当たらない。
「いや、そうじゃないよ。ただ、路地裏に誘い込まれて襲われるって可能性だってあるんじゃないか?」
レオンらしい考えだ。
恐らくこの警戒心は、魔王軍として戦争を経験したことから付いたものだろう。
だがこの話が本当だったら、助けられる子どもを見捨ててしまうことになる。
それだけは絶対に嫌だった。
「でも、私は信じたい」
すると、彼は顎に手を当て少し考え始める。
──やはりダメだろうか。
だが、すぐに彼は怖い表情を崩し、普段の優しい表情に戻った。
「──それなら俺はもう止めないよ。その子も助けを待ってるかもしれないしね。その方がイル姉らしいし」
先ほどの彼の言葉は私を心配してくれているものだったのだろう。
本当に、レオンっていう人は。
「私はね、君を信頼してるんだよ」
突然の台詞に、彼は不意打ちを喰らったような表情になった。
何とも可愛らしい。こういう顔は昔から変わっていない。
私には、今日ずっと私のフォローをしてくれたレオンがいる。
心から信じることができる彼がいるなら──。
「何かあってもレオンが護ってくれるでしょ?」
耳まで紅潮させた彼を、私は見逃さなかった。
私は待たせたことへ謝罪をした後、少女へ案内するようにお願いした。
「うんとね、……こっち」
こうして、私とレオンは少女の案内のもと、路地裏の物陰に隠れるように倒れていた少女を発見する。
血の滲む腹部を見た私は、とにかく治癒魔法をかけねばと駆け寄った。
「大丈夫?! 今助けるからね!」
「──ああ……もう……年貢……の……納めど……きか。……力が……出ん……」
そんな弱腰なことを言っている少女に、私は治癒魔法をかけた。
すると、みるみる傷口が塞がっていく。
やがて、完全に傷が塞がった彼女は、まだ顔色が悪そうにしていた。
だが、痛みは引いたようで、上体を起こした少女は口を開く。
本人もびっくりした顔で、自分の身体を見下ろしていた。
「お主、助かったぞ。まさかここまで強力な治癒魔法を使うことのできる術者がこの町にいようとは」
──何だか、助けてもらったのに上から目線の言動ね。
少し器の狭いことを考えてしまった。
子どもが相手なのだ、そんなこともある。
だが、路地裏にきてから今まで、後ろで何かを考え込みながら様子を見ていたレオンが、声を聞くと何かを確信した様子で前へ出てきた。
「あなたはもしや、メイエス様ではありませんか?」
その名前を聞いた私は、昔のレオンを思い出していた。
人間の俺が魔王軍に入って活躍していたのに、勇者に魔王共々壊滅させられたので辺境の村で静かに暮らしはじめました。 クズの極み男 @kuzukiwaman
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