16日目 箸との格闘
──またやってしまった。
昨日の事といい、どうして私はこうもやらかしてしまうのだろう。
私が食べさせなくても、手渡して食べてもらうだけでよかったはずだ。
レオンはあんなことが起こりえると考えて、食べるのを躊躇していたに違いない。
謝ったときは笑って許してくれていたけど、いい加減呆れられちゃうんじゃないか。
そうなったら、私はどうなるのだろう。
追い出されたりするのだろうか。
それだけは絶対に嫌だ、どうにかしないと。
そんなことを考え、私はレオンと共に団子屋から大通りに向かって歩いていた。
まだお昼まで時間があるため、大通りを散策する予定だ。
「なんだか周囲が騒がしくなってきたな」
言われてみれば、確かにそんな気がする。
走っていたり、数人で話し合ったりする人が多いみたいだ。
何かを探しているのだろうか。
そんなことを考えていると、レオンは立ち止まって真剣な顔になった。
「どうかした──」
「シッ! ちょっと静かにして」
おそらく
私も気になるので、素直に従うことにした。
しかし、そうなると暇になってしまう。
仕方ないので、レオンの横顔を見つめることにした。
黒く短めの髪、小さな顔、大きい目と透き通るような青い瞳、すらりと高い鼻、そして見た目に反して柔らかい唇。
私はこの唇に昨日、自分のものと重ねてしまったのだ。
あの事を思い出すだけで耳先まで熱くなる。
レオンにこんな感情を抱いてしまうなんて、私はなんて──
「──イル姉、少し顔が近すぎると思うんだけど……」
「えっ? キャッ! ごめんなさい」
思わず声を上げて驚いてしまった。
どうやら自分の世界に入りすぎてしまい、顔がどんどん近づいてしまっていたようだ。
一体私はどうしてしまったのだろう。
大体、私は──
「どうやら何をしてるかわかったよ」
「え? ああ、何だったの?」
危ない危ない、また自分の思考の中に入り込むところだった。
「人を探しているみたいだ。なんでも、神岩教?っていう宗教の御神体が破壊されたらしい」
ん、それって──
「岩が真っ二つになったってやつ?」
「なんだ、知ってたの?」
「朝に温泉でその話をしてる人たちがいたの。犯人が見つかんないって」
「ああ、朝早く1人で行ってたもんね」
やはりその話だったみたいだ。
私は小声になり、レオンに話した。
「なんか、温泉にいた2人によると、結構物騒な団体みたいだよ。犯人を殺す勢いって行ってたし、関わったら絶対厄介なことになると思う」
「それは俺も同感だ。でも、どうやら犯人の顔はわれてるみたいだぞ」
「え、そうなの?」
「ああ。なんでも、全裸の幼女って言ってたけど──」
その団体、本当に大丈夫かしら。
幼女って小さい女の子のことを指すのよね?
そんな子が大きな岩を破壊できるとは、到底思えないのだけれど。
単純に『そんな子が犯人だったらいいな~』という願望なのではないだろうか。
それだと益々恐ろしい。
捕まえた幼女に彼らは何をするつもりなのだろうか。
「──姉。イル姉!」
「あ、ああ、ごめんなさい」
何回このくだりをやるのだろうか私は。
もう何も考えないようにしようか。
「なんかイル姉、今日
──今日
☆
温泉都市の中心を東西に伸びる大通りに出た俺たちは、すぐに見えた公園が目に入り寄ってみることにした。
公園には手入れのされた木々がそこかしこに植えられていて、真ん中には水の綺麗な大きな池がある。
池の周りには小道が作られていて、池の中を間近に覗くことができるみたいだ。
「ねえねえ、なにか泳いでるよ!」
覗いてみると、中には沢山の赤くヒゲを生やした魚が泳いでいた。
どうやらコイと呼ばれるものらしい。
公園内の屋台でエサとしてパンクズを購入し餌付けができるとのことだったので、俺たちは早速やってみた。
「すごいすごい! 見て見て! すっごくパクパクしてる!」
イル姉はかなりはしゃいでいる。
そのため、買ってきたエサをすぐに撒き終えてしまった。
だが、本人はまだ満足できなかったらしい。
彼女は再び屋台までいき新しいエサを購入、満面の笑顔で池に向かってエサを投げ入れる。
この一連の流れを、エサがきれるたび何度も繰り返していた。
俺の金で。
どうやら、彼女の辞書には遠慮と言うものがないらしい。
唐突に一緒に住むといったのも彼女だし、元々そういう人なのだろう。
あまり気にしていない。
そう思いながら、俺は貸した金の金額を、そっと懐から出した紙に新たに書き加えた。
楽しんでいたら、あっという間に昼になっていた。
空腹になった俺たちは公園を出た、イル姉はまだ、名残惜しそうにしていたが。
すると、食欲のそそられる美味しそうな匂いを感じた俺は、それを頼りに大通りを東に向かって歩く。
やがて、公園を出て30m程のところで匂い元の店を発見した俺たちは、旅館で学習した引き戸を開けて、中へと入った。
☆
ズルズルズルッ!
イル姉が灰色の麺を啜る音だ。
これは蕎麦というものらしい。
丼ぶりに茶色い液体を入れ、その中に麺とネギ、割った鶏の卵と海藻の入っているものである。
家でよく作るパスタとは違い、とても軽くあっさりしたものだ。
なかなか味はイケるが──
「ふぇふぉん、ふぁふぇえふぉう? ふぁえばっふぁあふぉーふふぇおふぁおう?」
──せめて飲み込んでから喋ってくれ。
だが、言いたいことはわかる。
器用に2本の棒切れを使い、自分の麺を美味しそうに食べるイル姉は心配してくれているのだ。
というのも、俺はこの、箸というものを扱うことが余りにも下手くそだった。
これはエノモトで食事をするのに使われている、ごく一般的な食器だそうだ。
片手で操作した2本の棒で、料理を掴み口元まで運ぶものらしい。
──片手で扱うことが難しいのだが?
先ほどは両手に片方ずつ棒を持ち、どうにか数本の麺を掴むことに成功。
その結果、何とか一口目にありつけたのだ。
こんなことで、これだけ精神力を使うとは。
能力を使う時の方が、精神力を使わずに済むぞ。
だが、周りの客も器用に使いこなしている。
そんな中で俺だけが使えないのは少し癪だ。
意地でも使いこなしてやる。
これは俺のプライドの問題だ。
そんなことを考え箸を右手に持ち替えた俺は、蕎麦にその棒を刺し込んだ、が──
思った以上に強い力で刺し込んだ箸は、丼ぶりのそこに勢いよく当たり俺の右手の制御から外れた。
その棒切れたちは、反動で少し飛び上がり、その後回転しながら机から落ちていった。
俺にはそれがスローモーションに見えた。
手で落ちていく棒切れたちを受け止めようとしたが、俺が箸を掴むことはなかった。
そして──
カランカランカラン
箸は2本とも、床に落ちてしまった。
音に反応して、周りの客や店員が全員こちらを見る。
顔から耳までが一瞬で熱くなるのを感じた。
「──フォーク、頼む?」
ようやく口の中のものを飲み込み終えたイル姉が、少し気まずい顔で聞いてきた。
もう、悩む余地はない。
「──頼む」
この一言を言うことが、今の俺には精一杯だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます