第6話 三度目の正直とキス



 それからというものいろはは毎朝校門の前で俺のことを待っていた。


 おはようと挨拶をして校門から校舎に入るまでのほんの少しの距離を一緒に歩くだけだ。


 そして昼休みになると教室に押しかけてきて、俺は屋上に連れていかれ一緒にお昼を食べさせられるのだった。


「なあいろは、毎日毎日こんなことやってて飽きねえの?」


 俺は美味そうに弁当を食っているいろはに聞いてみた。


「何言ってるんですか翔真さん。飽きるわけないじゃないですか」


「……そっか? 今までの女はこんな一ヶ月ももたなかったぞ?」


 そう言うといろはは怒ったような顔をした。


「今までの女なんかと比べないで下さいよぉ。あと、オレといる時は他の女の子の話しはしないで下さい。あ、他の男の話しもですけど」


 いろははほっぺたをプクっとふくらませた。


「あはは、悪い悪い」


 俺はいろはのふくらんだ頬を手で押さえた。


「オレが翔真さんに飽きるとか絶対ないですから」


 いろははいまだにすぐ顔を赤くする。


「飽きるどころかオレはもっともっと翔真さんのことが知りたいです」


「ふーん。こんなに毎日一緒にいるのに?」


 俺はいろはの顔を持ったままおでこをくっつけた。


 いろはの顔がますます赤く染まっていく。


 俺はこの赤くなるいろはの顔を見るのが楽しかった。


 だからつい、いろはに触ったりくっついたり頭を撫でたりしてしまっていた。


「お昼休みだけじゃ足りないです……」


「そっか。放課後は幸治と帰ってるしな。朝は……そういえば朝はなんでいつもあそこで待ってるんだ?」


「そんなの朝から翔真さんの顔を見たいからに決まってるじゃないですか」


 いろはは俺の手を自分の顔から引き離した。


 そしてそのまま握りしめた。


「ほんのちょっとでも好きな人に会えたらその日は一日中幸せな気持ちになれるんです」


「へえ……」


 いろははお弁当箱を片付けてから俺の方を向きなおした。


「好きっていう気持ち、少しはわかってきましたか?」


「なんとなくだけどさ、いろははわかりやすいよな。すぐ顔が赤くなるし俺に会うと嬉しそうにしっぽを振るし」


「オレしっぽはついてないですけど……」


 いろはは振り向いて自分のお尻を見た。


「はは、俺には見えるんだよ」


 不思議そうな顔をしていろはは俺を見ていた。


 この一ヶ月の間毎日一緒にお昼を過ごしていると、いつの間にか俺もいろはにほだされていた。


 気もゆるしていたし犬みたいになついてくるいろはと居るのは楽しかった。


「なあ。なんで俺のことが好きなんだ? あの時初めて会っただろ? 初対面でそんなすぐに好きになるとかあんのか?」


 俺は前から気になっていたことを聞いてみた。


「ああ。やっぱり覚えてないですか」


 いろはが寂しそうな顔をした。


「ん?」


「初対面じゃないです。翔真さんと会うのは」


「えっ?」


「初めて会ったのは一年前です。電車の中でオレが痴漢にお尻を触られているところを翔真さんが助けてくれました。翔真さんはそのオジサンを捕まえて次の駅で一緒に降りてくれて一緒に警察が来てくれるのを待っててくれました」


「……ああ。……そういえばそんなことあったな。あれお前だったのか?」


 俺は少しずつ思い出していた。


 確かに電車で痴漢を捕まえたことがあった。


 怖がっておびえていた少年がいたことも思い出してきた。


「あの少年はいろはだったのか」


「はい。あの時翔真さんに一目惚れしました。格好良くて強くて優しくて理想の人だって」


「ふーん」


「二回目は半年くらい前です」


「二回目っ!?」


「オレ、親と喧嘩して夜中に公園のベンチに座ってたんです。そしたらコンビニの袋を持った翔真さんがたまたま通りかかって声をかけてくれました」


「俺……二回も会ってんのか?」


「はい。翔真さんは泣いているオレの隣に座って袋から缶コーヒーを取り出してオレにくれました」


「あー、なんかいたな。家出少年みたいなのが」


「翔真さんは何も聞かずにオレの頭をポンポンしてくれました。そして夜は危ないから早く帰れよ、と言ってくれました」


「あれもお前だったのか」


「はい」


「暗くて顔はよく見えなかったからな」


 いろはは顔を赤くしながら言った。


「オレ、絶対翔真さんと同じ高校に行こうって決めてました。学校でも翔真さんはやっぱり格好良くて強くて優しくてますます好きになってました。そんな時にまた翔真さんに助けてもらったんです。三度目の正直だと思って、ついあの時好きって告白しちゃいました。だからオレは初対面じゃないし本当に本気で翔真さんのことが好きなんです」


 いろはは必死に話していた。


「そうだったのか……わかったよ。ありがとな」


 目をウルウルさせながら必死になっているいろはが可愛くてたまらなくなった。


 (キス……してえ……)


 俺は思わずいろはの顔を引き寄せて唇にキスをした。


 いろはの唇は思っていたよりも柔らかくて気持ちよかった。


「へっ……?」


 驚いて真っ赤になっているいろはを抱き寄せた。


 そしてもう一度、今度はディープなキスをしてみた。


「んっ……」


 口を開けさせて舌を入れた。


 いろはの小さな口の中で舌と舌が絡まる。


 男とキスするなんて考えたこともなかったけど、そんなに抵抗を感じないことに自分でも驚いていた。


「んあっ……」


 唇を離すといろはは肩で息をしていた。


「キス、初めてか?」


「……はい」


 無意識に俺はいろはを抱きしめていた。


 (なんだこれ……可愛い……)


 真っ赤になって恥ずかしそうにうつむいてしまったいろはが可愛くてたまらなかった。




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