Like a virgin

クロノヒョウ

第1話 先輩と缶コーヒー



「あ、泉美いずみ先輩お疲れっす」


 放課後、屋上で一服していると三年生の泉美先輩が入ってきた。


「おう翔真しょうま、これ」


 そう言って泉美先輩は俺に缶コーヒーをさしだした。


「いつもありがとうございます」


 コーヒーを受け取ると泉美先輩は俺の隣に座った。


 相変わらず綺麗な顔で優しく微笑んでくれる先輩は俺の憧れの人だ。


「ん? 何見てんだよ」


 その綺麗な顔を眺めていると泉美先輩は俺の頭をポンっと触った。


「いや、相変わらず綺麗な顔だなって思って」


「フッ……まあな」


「綺麗なのは否定しないんですね」


「うっせえ」


「はは……」




 一ヶ月ほど前、このむさくるしい男子校で男三人に絡まれている泉美先輩を助けたのがきっかけだった。


 たまたま校舎裏を通りかかった時に泉美先輩は体を羽交い締めにされ、今にも殴られそうになっていた。


 俺は反射的に飛び出してそいつらをボコボコにしてやった。


「三対一なんて卑怯なまねしてんじゃねぇよ!」


 そいつらは俺に殴られるとすぐに逃げていった。


 泉美先輩のことは前から知っていた。


 綺麗で整った顔、背も高くスタイルも完璧な先輩は学校でも有名だった。


「先輩、大丈夫っすか?」


 俺が声をかけると泉美先輩は笑った。


「ああ、お前二年か。名前は?」


「はい。翔真です。桐生きりゅう翔真」


「翔真、サンキューな」


 泉美先輩の笑顔に俺はすぐにほだされてしまった。


「何で絡まれてたんですか?」


 俺は照れ隠しにすぐ質問した。


「ああ、よくあることだよ。付き合ってとか、ヤらせてとか」


「はあ? 男、ですよね?」


「男だけしかいないから頭がイカれてんじゃねえの? この学校」


「はあ……」


「翔真も気をつけろよ。お前みたいに顔がいいとすぐにターゲットにされちまうぞ」


「俺は大丈夫っす。喧嘩強いんで」


「はは、そうだな」



 それから泉美先輩は俺が屋上でタバコを吸っているとたまにこうやってコーヒーを買ってきてくれるようになった。


 先輩は見た目と違って性格は気さくだし男らしくて優しかった。


 ただ喧嘩はあまり得意じゃないらしく、よく絡まれていることもわかった。


 俺が一緒にいる時は守ってあげれるけど、一人の時はどう対処しているのだろうか。


 前に先輩に聞いたことがあった。


「先輩はそういう時、いつもどう対処してたんですか?」


「黙って殴られるか大声で叫ぶか。とにかく一人にならないように気をつけてる」


「そうですか。大変ですね」


 男に襲われるなんて考えただけでも気分が悪かった。


「……翔真がいつもそばにいてくれればいいんだけどな」


「え、俺ですか? 俺が一緒にいる時だったらすぐにやっつけてあげますよ」


「いや、そうじゃなくて……」


「俺が助けますんで、安心して下さい」


「いや、うん。ありがとう」


 少し寂しそうな顔をした泉美先輩の胸の内をこの時はまだ俺は知るよしもなかった。





「翔真は彼女とかいんの?」


 隣に座っている泉美先輩が聞いてきた。


「ああ、特定の彼女とかはいないです。俺、基本くるもの拒まずなんで。そうするとなぜか皆離れていっちゃうんですよね」


「……お前、クズだな」


 泉美先輩が笑った。


「よく言われます。でも俺、なんかわからないんですよね。人を好きになるって」


「ふーん」


「だからとりあえず告白されたらオッケーしてます。それなのに、しばらくするとフラれるんですよね。女ってよくわかんないっす」


「そりゃそうだろ。付き合ってるのに愛情を感じられなかったら不安になるのは当たり前だろ?」


「そんなもんっすかね?」


「お前、本当に人を好きになったことないんだな」


「はい。すみません……」


 ――ガチャ


 その時、屋上のドアが開いて幸治こうじが入ってきた。


「翔真、もう帰るぞ。……あ、泉美先輩お疲れっす」


 幸治は泉美先輩に頭を下げた。


「おう。じゃあまたな翔真」


 泉美先輩は立ち上がって俺の頭をポンっと触った。


「あ、はい。ありがとうございました」


 俺も慌てて立ち上がり、幸治と二人で屋上から出て行く先輩を見送った。


 幸治とは高校に入って同じクラスになり、すぐに気があって仲良くなった俺の親友だ。


「何? また泉美先輩来てたの?」


 階段を下りながら幸治が聞いてきた。


「おう。優しいよな。いつも缶コーヒー買ってきてくれるんだぜ」


 俺は幸治に持っていたコーヒーを見せた。


「お前相当気に入られてんな」


「ん? そうかな?」


「そうだよ」


「ただのお礼だと思うけどな。ボディーガード的な?」


「お礼ならもう充分だろ」


「先輩は律儀で優しいんだよ」


「はあ……。お前の鈍感さにはあきれるよ」


「どういうことだ?」


「いや。人を好きになったことのないヤツにはいくら説明してもわかんないよ」


 幸治は深いため息をついた。


「なんだよ教えろよ」


 俺は幸治の首を締めた。


「ウッ……翔真が自分で気付くまで教えねえ」


「っんだよ」


「ははは……」


 そしていつものように幸治と寄り道しながら俺は一人で住むアパートに帰った。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る