第5話 子犬と先輩



 次の日の朝登校すると校門の前にいろはが立っていた。


 俺に気付いたいろはの表情がパッと明るくなった。


「翔真さん、おはようございます!」


「おう、いろはか。おはよ」


 いろはは俺の前に立ち俺の顔をじっと見上げていた。


「ん? どうした? 何か用か?」


「翔真さんを待ってたんです。昨日はありがとうございました」


「なんだ。礼なんかいいのに。俺は当然のことをしただけだ」


「ふあぁ、やっぱり翔真さんは格好いいです」


 そう言って顔を赤らめるいろはを見て俺はハッとした。


 そうだった、忘れるところだった。


 昨日幸治に言われたばっかじゃねえか。


 人の気持ちを考えろと。


「……お前、わざわざそれを言うために待ってたのか?」


「はい! 翔真さんに会いたくて」


 キラキラと目を輝かせているいろはを見ていると、なんだか俺の方が恥ずかしくなってきた。


「そ、そうか。ありがとな」


 俺はいろはの頭に手を置いた。


「えへっ」


 いろはは嬉しそうな顔をしている。


 (こんなんで喜ぶのか……)


 俺はいろはの表情をじっと見ながらそう考えていた。


「お前、俺のことが好きって本気か?」


 見つめたままいろはに聞いてみた。


「はい! もちろんです」


 いろはの顔がますます赤くなる。


「そうか……わかった」


 俺は校門を入って歩きだした。


「えっ? あの、翔真さん?」


 すぐにいろはが俺の後からついてきた。


「ん?」


「わかったって……どういう意味ですか?」


 隣を歩きながら俺の顔を覗き込むようにして聞いてきた。


「別に意味なんてねえよ。本当に本気なのかどうか知りたかっただけだ」


「オレ本気です! 本気で本気の本気です!」


 小走りで俺の前に飛び出したいろはは必死になって俺の両腕を掴んだ。


「わかったよ。わかったから。……俺に証明してくれるんだろ?」


「え、あっ、あっ、はい! 翔真さんに信じてもらえるように、オレ頑張ります!」


 いろはは可愛らしい笑顔で俺を見ていた。


「ん。ほら、遅刻すっぞ」


「はい! えへへっ……」


 嬉しそうに笑いながらいろはは俺の後ろをついてきた。


 (なんかしっぽ振ってついてくる子犬みてえだな)


 そう思うと少しだけいろはが可愛く想えてきた。





 放課後、今日は先に泉美先輩が屋上に来ていた。


「泉美先輩、今日は早いっすね」


 俺は挨拶を終えると先輩の隣に腰をおろした。


「うん。なんかかったるかったからサボった」


「えっ。先輩がですか? 珍しいですね」


「翔真は俺をなんだと思ってるんだ?」


 泉美先輩は笑いながら言った。


「いや、先輩はサボるような人だとは思わなかったので」


「俺だってそういう気分の時もあるんだよ」


 先輩はそう言うと俺の肩に頭をちょこんと乗せた。


「先輩?」


 俺は幸治が言っていたことを思い出した。


 (泉美先輩はまさか本当に俺のことを……)


「先輩、何かあったんですか? 昨日から様子が変ですよ?」


 何も言わない先輩に俺は聞いてみた。


「いつでも貸してくれるっつったろ? だから肩借りてんの」


「貸すのはいいですけど……。心配になりますよ」


 俺がそう言うと先輩は顔をあげて俺の方を見た。


「翔真俺のこと心配してくれんの?」


「そりゃそうですよ。突然抱きついてくると思えば授業サボったり肩借りたりして、何か嫌なことでもあったんじゃないかって」


「そうか……」


「まさかまた襲われたりしてないですよね」


「うん。最近はまったくない。大丈夫だ」


「よかったあ。あ、じゃあ彼女にフラれたとか?」


「彼女はいない」


「えっ、泉美先輩彼女いないんですか? もったいねえ」


 俺は泉美先輩を見つめた。


「泉美先輩ならいくらでも女寄ってくるでしょ?」


「寄ってこられても、好きなヤツからじゃなきゃ意味がない」


「へえ。そんなもんなんですか?」


「まあな」


 俺はこれ以上深く聞くのをやめた。


 泉美先輩の気持ちを知りたいという想いはあったが、今聞いたところでたぶん俺にはまだ理解ができない。


 こんな俺が先輩の気持ちを聞くのはなんだか悪いような気がしていた。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る