第3話 後輩と鈍感



「へえ、そんなことがあったんだ」


 迎えにきた幸治と階段を下りながら、さっきの泉美先輩の様子を話していた。


「で? お前はどう思った?」


 幸治が聞いてきた。


「どうって?」


「先輩に抱きしめられたんだろ? 何も感じなかったのかよ」


「特に何も。先輩もいろいろと大変なんだろうなって」


 俺は考えてみたけど何も思いあたることはなかった。


「で? その後先輩は?」


「うん、肩ありがとうって言って帰ってった。だから俺の肩でよければいつでも貸しますよって言っておいた」


「……はあ。先輩が気の毒だわ」


 また幸治がため息をついた。


「よりによって何で翔真のことを好きになっちまったんだろうな」


「え? 何か言った?」


 放課後の廊下の騒がしさで幸治の声が聞き取れなかった。


「やっべえ、俺スマホ忘れてきた。翔真先に行ってて、すぐに追いかける」


「おう。じゃあ裏で待ってるわ」


 幸治はポケットを探りながら教室の方へと走って行った。


 校舎裏でタバコでも吸って待っていようと角を曲がると先客がいた。


 (ん?)


 四人の男たちが誰かを囲んでいて、雰囲気はよくなかった。


 (もしかしてまた泉美先輩が?)


 俺は慌てて男たちに近づいて行った。


「オラァ、おとなしくしろよ……」


「ちょっと付き合えよ……」


 あきらかに一人の男が絡まれている様子だった。


「オイてめえら何やってんだ?」


 俺はすぐにそのうちの一人の胸ぐらを掴んだ。


「一人相手に四人もよってたかって卑怯なまねすんじゃねえ!」


「グホッ……」


 そいつの腹にパンチをいれると四人は青ざめながら慌てて逃げていった。


「んっとに……今度やったらこれじゃ済まないからな!」


 俺は男たちに向かって叫んだ。


 そして絡まれていたヤツの方へと向きなおした。


「大丈夫か?」


 うつむいていた男が顔をあげた。


 涙目になっていたそいつの顔は男にしては随分と可愛らしい顔をしていた。


「お前……一年か?」


 目が合うと、そいつは小さな体でいきなり俺に飛びついてきた。


「翔真さん!!」


「お、おい、何なんだ!?」


「翔真さん、ありがとうございます。さすが翔真さんです!」


「わ、わかったから離れろ」


 俺はそいつを自分の体から引き剥がした。


「まさか翔真さんに助けてもらえるなんて、オレ嬉しいです!」


 キラキラした目で俺は見つめられた。


「てか、なんで俺の名前とか知ってんの?」


「えー? オレら一年はみんな知ってますよ。格好良くて強くて優しい桐生翔真先輩はみんなの憧れです!」


「はあっ!?」


「あ、オレは立花いろはって言います。いろはって呼んで下さい!」


「お、おう」


 こぼれんばかりの笑顔で俺を見上げているいろはに俺は圧倒されていた。


「ケ、ケガはねえか?」


「はい! 翔真さんのおかげで何もされてません」


「そっか、ならよかった」


 するとまた突然、いろはが俺の手を握りしめた。


「翔真さん、好きです! オレと付き合って下さい!」


「は、はあぁぁぁぁ!?」


 俺が驚いていると、ちょうど幸治が現れた。


「ぷはっ。なんだよ翔真。今度は一年の男に告白されてんの? ははは……」


「笑いごとじゃねえよ。こいつをどうにかしろ」


 俺はいろはの手をふりほどいた。


「あー、なあ一年坊主よ。こいつは人を好きになったことのないクズだぞ? それでもいいのか?」


 幸治が笑いながらいろはに言った。


「……人を好きになったことがない?」


 いろはが俺を見上げた。


「ああ。だからお前が俺のことを好きだって言われてもピンとこねえし信用できねえんだよ。悪かったな」


 俺はいろはの頭をポンっと触ってから幸治と歩きだした。


「……だったら」


「ん?」


 俺と幸治は立ち止まって振り向いた。


「だったらオレが翔真さんのことを好きだって証明すればいいんですよね? 信じてもらえるように頑張ればいいんですよね? そしたら……そしたらオレと付き合ってくれますか?」


 そう言ったいろはは顔を赤く染めていた。


「ははは、まあ、せいぜい頑張れよ。一年坊主」


 幸治は笑いながらいろはに背を向けた。


「気持ちは嬉しいけどそれは無理かもしれないな。悪いないろは」


 俺もまた向きなおして幸治と歩きはじめた。


「翔真さん! オレ、諦めませんから!」


 背中でいろはの声を受けながら俺たちはそのまま歩き続けた。




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