第8話 やきもちと好き



「いろは!」


 いろはの教室に行って俺は叫んだ。


 みんなが一斉に俺の方を見た。


 いろはの姿を探したが見当たらない。


「いろはならさっき出て行きましたよ」


 誰かが教えてくれた。


 俺はお礼を言ってまた走り出した。


 慌てて外へ出ると遠くにいろはが誰かと歩いている後ろ姿が見えた。


 (ん?)


 いろははそいつと仲良さそうに話していた。


「いろ……」


 名前を呼ぼうとした時にいろはの隣にいた男がいろはの肩に手をまわしたのが見えた。


 いろははそいつの顔を見て楽しそうに笑っている。


 (はあ? なんだあいつ、誰なんだよっ)


 俺はなんだかものすごく腹が立った。


 腹が立って声をかけるのをやめた。


 俺のことが好きなんじゃなかったのか?


 他の男にも触られて喜んでいるのか?


 (なんでそんなに楽しそうにしてんだよっ)


 俺は頭が混乱していた。





 そのまま家に帰ってベッドに倒れ込んだ。


 イライラが消えなかった。


 いろはのあの後ろ姿が目に焼き付いて離れなかった。


 (何なんだよこれ……)


 俺は混乱したままスマホを眺めていた。


 いろはに聞いてみようか。


 でも何を聞くんだ?


 聞いてどうする?


 俺はずっといろはのことを考えていた。


 いろはの顔が見たい。


 あのすぐ真っ赤になる顔が見たい。


 (クソッ……)


 俺はこのわからない気持ちをもてあましてゴロゴロしていた。


 その時、玄関のドアが開く音がした。


「翔真っ、なんで先に帰っちゃったんだよ」


 幸治がそう言いながら部屋に入ってきた。


「あ、ごめん、忘れてた」


「ったく、ひどいよなぁ。俺のことを忘れるなんてさ」


 幸治は笑いながらベッドの横に座った。


「屋上に行ったら泉美先輩がいてさ。聞いたぞ。先輩、翔真にフラれたって落ち込んでた」


「ああ……」


 そういえばそうだった。


 先輩に好きだと言われてキスされたんだった。


 それでなんか気分悪くて、いろはのことが頭に浮かんで……。


「なあ幸治。俺、今すげえ混乱してるんだけど」


「どうした? 言ってみろ」


 俺は起き上がってベッドに座った。


「泉美先輩に告られた時にいろはの顔が浮かんだんだ。それでなんかいろはに会いたくなって探したら、あいつ誰か他の男に肩を抱かれててさ。楽しそうに話してんの。俺、腹立ってそのまま帰ってきた」


 幸治は俺の話を聞いてキョトンとしている。


「あー、そうか。翔真には初めての感情なのか」


「なんかイライラがおさまんねえ」


「それはな、やきもちって言うんだよ。嫉妬。わかるか?」


「やきもち?」


「うん。好きな子が他の人と話してたり仲良くしているのを見るとそういう風になるんだ。好きな子には自分のことだけを見ていてほしいからな」


「じゃあこの気持ちは……」


「間違いなくやきもちだ。イライラするのもそのせいだ。誰でも経験する感情だし、お前が勝手にやきもち妬いているだけだから我慢するしかない」


「我慢……」


「いいか? 友達同士で肩を組むことなんて普通にあるだろ? 俺たちだってそうだ。友達と楽しく笑い合うだろ? いろはくんだって友達と楽しく笑っていただけだ。安心しろ。いろはくんが好きなのはお前なんだから。もっといろはくんを信じてやれ」


「信じる……」


「いろはくんがお前のことを好きだって気持ちは、いくら鈍感なお前にも充分伝わっているだろ? それは嘘でも何でもない事実だ。それをただ信じていればいいだけの話しさ」


 幸治の言う通り、いろはが俺のことを好きなのは確かにこんな俺にでもちゃんと伝わっていた。


「そんなに好きならさ、翔真もちゃんといろはくんに自分の気持ちを伝えてあげろよ。そうしないといろはくんに失礼だぞ?」


「俺の気持ち?」


「ああ。ちゃんと好きだって言って、ちゃんと付き合え。いつまでも待たせてたら嫌われるぞ」


 そうか……。


 俺は今やっと自分の気持ちがわかった気がした。


 いろはのことが好きなんだ。


「幸治、ありがとう。俺ちょっと行ってくるわ」


 俺はベッドからおりた。


「おう! 頑張れよ翔真っ」


 幸治の心強い励ましに背中を押してもらいながら、俺は家を飛び出した。




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