徐々に浮かび上がって来る人物とはいったい

『誰か somebody』宮部みゆき(文春文庫)  


 読み始めた早々、登場人物の名前を見て物語とかけ離れた別のことを考え始めてしまった。一度読んだことがあるのかということだが、記憶の中にあるのはその名前だけで、それ以外のものはまったく覚えがない。


 ただの勘違いかと先へと進んだものの、人間の記憶とは正しくもありいい加減でもあるというのを実感した。後々わかったことだが、この登場人物は著者の別の作品で登場していたのだ。その作品までズバリと言い当てられれば我ながら大したものだと思わず口角でも上げたに違いないが、さすがにそこまでの記憶力は無かったらしい。


 そんな脳裏に残っていた名前とは本作の主人公である杉村三郎とその義父にあたる今多嘉親である。特徴があるような無いような男。そんな杉村の語りのせいか、淡々とした流れで物語は進んで行く。


 今多コンツェルン広報室の杉村は今多嘉親の運転手を務め、ある時自転車にひき逃げされて死亡した梶田の娘たちから本を出したいと相談を受ける。その本は梶田の伝記のようなもので父親の思い出を残そうというのと同時に、出して人の目に触れることで未だ見つからない犯人を捜すきっかけにならないかと考えたらしい。


 姉妹の思いに腰を上げた杉村は梶田の人生を辿り始めることになるのだが、徐々に思ってもみなかったことが杉村の前に広がり始める。恋愛模様もありながら、ミステリーの要素も巧みに組み合わされている。


 しかしながら凶悪な殺人事件というものでもないため、読みながら驚愕するほどでもなく至って自然にことが流れていく。ややスリリングな話を穏やかに読み進めたい人にはお勧めだろう。

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2024年9月20日 09:20

ビブリオ📚レビュー ちびゴリ @tibigori

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