主人公の『僕』は、空き教室の机に落書きを見つけます。それは傷痕と呼ぶべき、悲しい言葉。
『僕』は答える。その悲しみを包み込むように。
落書きの主は『僕』について尋ね、『僕』は『彼女』のことを聞く。
姿の見えないまま、気持ちを交換し合った先は……。
というのが、物語前半のあらましです。そうこれは、およそ八百文字で綴られた、とても短いお話。
姿が見えないだけに『僕』がなにを告げようと、嘘か本当か『彼女』には分かりません。
もちろん反対も然り。
でもきっと、二人は互いに夢を膨らませたでしょう。深く知り合ううち、きっとこんな相手なら、素敵な人と思ってもらえる。そんなことを思ったかもしれません。
でもいつか『僕』は、それが幻想で固められた舞台だったことに気づきます。
そんな『僕』に、『彼女』はまた虚像の自分を見せる。果たして『僕』はどうするのか。エンディングのあと、二人の未来がどうなるかは読者のみぞ知るです。
振り返れば誰しもそんなことがあったような、少し苦い錆色の記憶。
きゅんと。と言うには少し締め付けの強い切なさを胸に残す、それでいて心を満たしてくれるお話でした。