その青年は焼き鳥に殺された

凪野海里

その青年は焼き鳥に殺された

「ねえねえ、面白い話があるんだけど聞かない?」


 放課後のミステリ同好会。千尋が片手に、焼き鳥の串を持ちながら、からかうような目でスバルを見てきた。

 聞かれたスバルは、「どっちでも良い」と生返事。それ以外の人の返事はない。というか、するわけがない。こんなところで今この部屋にいて、話ができる人間は千尋とスバルしかいない。他の声がしようものなら、ミステリではなくホラーの始まりである。

 千尋は窓から降り注ぐ月光を背にクスクス笑った。今夜は満月だ。


「むかしむかし、あるところに。やきとりのだーいすきな青年がいました。その青年の住む町はやきとりがソウルフードであり、青年は物心ついたときからやきとりを食べていました。晴れている日も、雨の日も、テストで良い点を採ったときも、女の子にフられた日も、どんなときでもやきとりを食べていました。やきとりへの愛であふれていたのです」

「――で、焼き鳥と結婚したわけか。すげえな」

「勝手に話を終わらせないで」


 スバルが話を脱線させようとすると、千尋がぴしゃりとたしなめた。ついでにさっきまで食べていたの串を、机の上に投げ出しているスバルの手に刺そうとまでしてきたので、スバルはすぐさま手を引っ込めた。

 千尋は足を組み、お皿の上に並べられた焼き鳥の、2本目に手を伸ばした。


「ある日、青年は。町の外で作られているやきとりも食べてみたいと思い至りました。今まで彼は町にあるやきとりしか食べたことがなかったのです。家族は猛反対しましたが、彼はそれでも町の外にあるやきとりを食べてみたくてしょうがありません。そこで彼は、家族を出し抜いて電車に乗ると、町の外へと行きました。うまれて初めての1人旅。彼の頭のなかはやきとりのことで頭がいっぱいで。もう夢心地のような気分でした」


 千尋は一息つくと、串に刺さった肉の塊を口にくわえてスライドさせるような形で串から抜いた。そして、空いている方の手でマグカップに注がれた飲み物を飲んだ。お茶である。ビールなどの酒類だったらさぞかし、さまになっていたことだろう。


「隣町にやってきた青年は、駅前にある居酒屋さんにすぐに来店しました。様々な酒のつまみが並んでいるなか。青年は脇目も振らずにやきとりだけを注文しました。やがて運ばれてきたやきとりをじっくり時間をかけて眺め、そこから香るタレと炭火の香りを存分に楽しみ、満足したところで。食べました。

 ところが青年は次の瞬間、喉をおさえて苦しそうに顔をゆがませながら、死んでしまいましたとさ。めでたし、めでたし」


 千尋は皿にある3本目のに手を伸ばし、先ほどと同じように食べた。ゆっくりと、時間をかけて。それこそ、青年が初めて「町の外のやきとり」を観察していたように、じっくりと食べていた。

 やがて千尋はごくん、と飲んだ。それから静かな目でスバルを見つめる。


「さて、何故青年は死んだのでしょうか?」


 スバルはしばらく静かに足元を見つめたあと、小さな低い声で「アナフィラキシー」とつぶやいた。


「その青年とやらは、鳥のアレルギー持ちだった」

「そうね、正解。でもまだちょっとだけ足りないわ。半分正解ってところかしら。鳥のアレルギー持ちなら、何故。『町のやきとり』を食べても大丈夫だったのかしら」

「そのやきとり、鳥じゃなかったんだろ」


 千尋は目を大きく見開いたあと、目を細くさせて「へぇ」と不敵に微笑んだ。


「どうしてそう思うのかしら」

「聞いたことがある。世間では焼き鳥が主流だけど、一部地域では豚肉を串に刺して焼いて、それで『やきとり』を名乗らせているって。だから、青年は『町のやきとり』を食べてもアレルギーがでなかったんだ。でも、町の外で使われているのは鳥だから、アナフィラキシーで死んだ」

「そ、正解」


 千尋は完璧な答案に満足し、スバルに対して上品な拍手を送った。


「ちなみに町にあるヤキトリは、鳥を使っていないために平仮名書きになってるんだろ」

「そう、大正解」


 千尋の送った拍手は、さらに大きなものへと変わった。


「――そうやって、殺したのか?」


 スバルは千尋の目を見て問いかけた。月の光だけが頼りの暗い室内で、千尋の月光色を含んだ瞳がスバルを見つめ返す。

 スバルはもう一度足元を見た。そこには、1人の人間が倒れている。学ランを着ている。この学校で通う生徒本人だ。彼は顔をひどく真っ赤にして、喉をおさえたまま事切れていた。よほど苦しんだのだろう。開いたままの目は瞳孔が開ききっており、それが月光を反射していささか不気味に見える。

 千尋は形の良い唇を、静かに開いてこう言った。


「……知らなかったのよ。まさかこの子が、豚アレルギーだなんて」

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