姥捨ての山
芦原瑞祥
かの者は素手で熊を倒す
20XX年。
度重なる天災や戦争により、世界規模での資源不足、食糧不足が深刻化していた。
日本国は、このままでは国民すべてを養うのは不可能と判断、すべての食料を配給制にした上で、88歳以上の者への一切の配給を停止した。
他国では、国が安楽死センターを設けたり、毎年全国民がくじ引きをして「当たった」人は食肉になったりと、様々な政策が行われていた。
一見すると日本の政策はゆるく見えるかもしれない。実際、「誰かが自分の食料を88歳以上の者に分け与えるだろう」と施行当時は楽観視されていた。
しかし実際は、たとえ家族であっても誰かに分け与えるような余剰食料も心の余裕も、日本には残っていなかった。
安楽死に「なんとなく」抵抗感があったのか世論を気にしたのか、国がその選択肢を黙殺した結果、この国には「姥捨て」が横行するようになった。
***
「ええんよ、泣かんでも」
年老いた母が、私の背中をなでる。泣きたいのは母だろうに。
母は今日、88歳の誕生日を迎えた。昔は米寿といって、長寿の御祝いをしたのだという。せめて最後くらいはと、私は母の好きなちらし寿司をなんとか手に入れて振る舞い、新しい服を用意した。
たらふく食べて欲しかったのに、「あんた、マグロ好きやろ」などと言って自分では食べずに私の皿へ入れようとする。母はいつも、自分のことは二の次で、にこにこと笑っていた。それに甘えていた自分を、私はぶん殴ってやりたい。
母一人子一人。父親は早くに亡くした。人口を減少させるため出産は許可制となり、私は厳しい条件をクリアできずに生涯独身となった。88歳になったら孤独死するのだろう。いや、それまで生き延びられるかどうか。
「さて、そろそろ山へ行こうかのう」
母に促されて、私は泣きながら車のエンジンをかける。携帯食や水、カイロやアルミシートを詰め込んだリュックサックを後部座席に積み込んだ。
この山で死んだ者の魂は極楽へ行ける、という言い伝えのある場所が全国にいくつかあり、皆は「死ぬ」ではなく「山へ行く」という言い回しを使っていた。精一杯のごまかしだ。
88歳の母は、多少よたよたしながらも自分の足で歩いて助手席に乗り込んだ。
骨粗鬆症やラクナ梗塞はあるが、日常生活に差し障りはない。そんな判断能力のある母を、まだ生きられる人間を、どうしてこの国は「姥捨て」に追いやるのか。
外は雪がちらついていた。スタッドレスタイヤに替えておいてよかったと思いながら、私は国道を走る。山には雪が積もっているだろう。どうして母の誕生日は冬なのだ。春か秋の、気候のいいい月ならよかったのに。
カーラジオから「カトレア」という曲が流れてくる。
「そういや社宅に住んでたとき、あんたは隣の佐藤さんちのカトレアのつぼみをしょっちゅう千切ってしもて、よく怒られたわ」と母が懐かしそうに言う。
子どもの頃、カトレアのまだ青い大きなつぼみがバナナみたいだったので、「バナナバナナ」と見つけるたびにむしっていた。あれがつぼみだということはわかっていたのに、美しい花が咲くことや、その花を心待ちにしている人がいることと結びつけて考えることができなかったのだ。
「そうだったね。……ごめんね、馬鹿な娘で」
本当に、私は馬鹿な人間だ。目先のことばかりに囚われて、その結果がどういうことになるのかちゃんと考えようとしない。
山の奥に88歳になった老人を置き去りにする。それがどういうことなのか本当はわかっているはずなのに、自分が直接手を下すのも、最期を見届けるのも耐えられない卑怯者なのだ。私も、他の皆も。
とうとう山の麓の駐車場に着いてしまった。
せめて少しでも寒くないように、ひもじくないようにといろいろ詰め込んだリュックサックを持って山を登ろうとする私を、母は笑った。
「そういうのを焼け石に水て言うんよ。いっそ寒さと空腹で、一晩で死ねる方が楽じゃないか」
私はリュックを持ったまま、たまらない気持ちになる。
母の言う通りだ。けれども、死ぬ瞬間に何もないなんて、そんなの寂しすぎるじゃないか。
いつまでも動かない私を、母がうながす。せめて座るところだけでもと毛布を持って、私は母と一緒に雪の登山道をのぼり始めた。
歩幅が狭く足取りのおぼつかない母を庇いながら歩き、少し開けたところに出たときだった。
すべての音を消し去るかのような雪の中、激しい木々のざわめきが聞こえた。続いて、獣の咆哮。
振り向くと、そこには熊がいた。
熊は私と母を見るや、まっすぐに突進してくる。巨体のくせに素早い動きだ。
どう見ても避けようがない。私は早くも諦めの境地に至った。
母を見殺しにすることに抵抗がありながら、何一つ行動を起こさなかった。これはそんな私への罰なのだ。どうせ馬車馬のように働いた挙げ句88歳で捨てられる定めなら、母と一緒に今ここで熊にやられて死ぬ方がいい――。
母を庇うように覆いかぶさって、私は目を閉じた。
鋭い牙に貫かれることを覚悟したが、熊の雄叫びに続いてけたたましい地響きがした。
おそるおそる目を開けると、猟師の格好をした大柄な男性が、投げ飛ばした熊を絞めている。
「あんたら、危ないところだったな」
男性は熊が事切れているのを確認してから、立ち上がって私と母に手を差し伸べた。
「ラノベ作家たるもの、素手で熊を倒せなきゃな」
見覚えのある顔だと思ったら、私が若い頃に夢中になって読んだライトノベルの作者だった。あの頃は、「ラノベ作家は素手で熊を倒せる」というインターネットミームが流行っていたが、あれは本当だったのか。
男性は、母と私を代わる代わる見てから「姥捨てかい……」とつぶやいた。母を捨てようとしていたことに言及され、私は今度こそ己を恥じた。
「いえ、考えが変わりました。このまま母と一緒に帰ります」
拳を握りしめて言う私に、男性が頭をガシガシと掻きながら訊ねる。
「しかし、おっかさんの食料の配給は終わっちまったんだろう? あんた一人じゃどうもできずに共倒れだぞ」
「何とかします。こっそり豆苗なりモヤシなり育てて。とにかく、自分の親を自分で死に追いやるなんて、真っ平御免です。食糧不足だからとか、生産性のない人間を切り捨てるのが合理的とか、そんな頭でっかちの御託は糞食らえだ!」
急に感情的になった私を観察していた男性が、「あんたら、一緒に来るかい?」と言ってニヤリと笑った。
「実は、この山にはレジスタンス組織のアジトがあってな、捨てられた老人も何人か保護している」
『楢山節考』と思ったら『デンデラ』なのか? と私は驚いて男を見つめ返す。
「88歳での配給打ち切りに最後まで反対していたジャーナリストがいただろう、その人――ミスターTが組織をまとめている。彼は、棄老政策を進める政府への抵抗運動を画策している。人としての尊厳を取り戻すために」
そうだ、この政策で奪われたのは、人としての尊厳なのだ。
「私も戦います! ……若い頃、一冊だけラノベを出してもらったことがあります。だから私も熊を倒せるはず」
「おう、熊殺しがデビュー条件じゃなくなった世代か。ま、鍛えりゃなんとかなるだろ。レジスタンスに加わってくれ。うちには鮫殺しの純文学作家も、鬼殺しのジャーナリストもいる。もちろん、そんな能力がなくたって構わない。俺たちは、誰もが普通に生きられる社会を目指しているんだからな」
男性は厳しい表情をふっとゆるめて、母の方を向き直った。
「まずは、おっかさんの米寿の御祝いだ。アジトで熊鍋をご馳走するぜ。……本来88歳の誕生日ってのは、めでたいもんなのさ」
姥捨ての山 芦原瑞祥 @zuishou
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