うさぎの寿命が八十八歳か、告げるは花

いすみ 静江

八十八歳の白きうさぎの白き茶

 アキュータ国に稀にみられるうさぎは、耳が尖っており、長命で、八十八歳まで生きる。

 中でもイスタンが雄々しく際立っていた。

 湖水地方の外れに暮らす長老のような存在で、十年経っても二十年経っても美しい姿を保つ。

 芦毛ではなくアルビノで、白さが眩しい。

 瞳は、深紅の炎が透き通ったようだ。


「明日で、ワレも八十八歳になるな」


 一人、丸太の椅子に腰掛け、白濁したブラン茶を飲んでいた。

 白い花弁が八十八もある繊細なブランの花が、野に目立つ。

 花托ごと、八十八日間乾燥させて、湯でいただくものだ。


「イスタン様、メメーナでございます」


 跪いて、胸の前に手を置いたうさぎがいた。

 十五歳になる、芦毛で、瞳のくりっと丸く青黒さが可愛らしい。


「おお、久しいの」

「東北の湖付近に、美味しい花を見つけましたが、採集に行かれますか?」


 メメーナは、頭を上げないでいた。


「よし、行こう」

「お供させていただきます」


 アキュータ国のうさぎは、カピバラを馴らして乗る。

 イスタンとメメーナが、各々のカピバラを引き、鞍に跨った。

 メメーナは、籠とその中に湯呑み等も背負っている。


「頼むよ」

「お願いします」


 カピバラを駆る。

 遠い東北の地へ着くには三刻も要した。


「おおお! 中々、見れない真っ白な光景だ。だが、ブランではないな」

「これは、ブランによく似ていますが、調べましたら毒性のあるヴァイスのようです」


 イスタンが、メメーナをひと睨みする。


「ワレは、普段静かに暮らしている。八十八歳を目前にして、気が荒れているのだろうか……。睨めてしまい、申し訳ないことをした」

「ワタクシは、気になりません」


 メメーナは、カピバラから降りて、跪き礼をした。


「だが、どうして、ヴァイスの蔓延る所へ案内した」

「この奥に洞窟があり、その前に泉がございます」


 黒目の可愛いうさぎは、カピバラを引いていたが、再び跨った。


「そうか。四十年前に行ったきりだな」


 更にうさぎどもは、カピバラを進ませる。

 一刻も経たずに着いた。


「ヴァイスは、ここまでで、こちらが泉の畔を彩るブランの亜種、ブランディでございます」


 イスタンがカピバラで踏んではいけないと、降りて歩んだ。


「おお……。愛するブランの新しい味を楽しめるのか」

「ブランディは、泉の周りだけに自生しておりますので、お気を付けください」


 泉の中を覗く。

 齢八十八とは思えない程の漲る若さを感じ得た。


「今夜、命の灯が尽きるとは考えられない」


 もう一人、泉に乙女が映り込んだ。

 波紋が二人を乱す。


「美しゅうございます。イスタン様」


 二人で、ブランディを籠に摘んだ。

 その花弁は、八十八ではなく、花托には一枚しかなかった。


「これでは、見た目がヴァイスの方がブランに似ていると思うがな」

「明日のお誕生日を前に、最上級のお茶を召し上がってください」


 採集は、アキュータ国のうさぎには、いい息抜きだ。


「さて、お茶にいたしましょう」


 メメーナが持って来た湯呑み二つに泉の水を入れる。


「泉の水よ、浄化されたし!」


 念の為、綺麗にした。


「二つの器にある清い水よ、沸騰されたし!」


 メメーナが、湯へブランディの一枚の花弁を浮かべる。

 白い花弁から、ブラン茶とは異なり、草汁色が滲み出た。


「もう直ぐ、ワレは八十八歳を迎える。永遠と思っていた命に乾杯!」

「乾杯です」


 イスタンが、高らかに笑った。

 メメーナが尖った耳を立てる。


「とうとう、ワレも命の灯が……」


 ブランディの花に飛び込むように、アルビノが倒れた。

 芦毛が駆け寄る。


「イスタン様? しっかりしてください。イスタン様!」

「実は、本日、八十八歳を迎えていたのだ。覚悟はしていたが、ぐふほっ」


 イスタンの吐血は、ブランディを深紅に染めた。

 白い白い白い花は、野に目立つ。

 まるで、陽のように、血だけが丸く広がっていた。


「楽しかったぞ、メメーナ……」


 みるみる内に、小さくなって行くイスタン。

 裸色のうさぎになり、毛はなかった。


「ミミ? ミ」


 長老は、小さな赤子になっていた。

 まるで、八十八枚の花弁が一枚になったかのように。


「イスタン様――!」


 メメーナは、赤子のイスタンを抱き上げた。

 その丸く黒い瞳からは、泉がわくようだった。


【了】

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