【KAC20224】密室バラバラ死体殺人事件

滝杉こげお

バラバラ死体の謎

 資産家、上枝カミエ一義イチギの屋敷でバラバラ死体が見つかった。

 被害者は一義の息子、二徒ニイト


 状況から見て身内による犯行の可能性が高いと判断したイチギは、身内で事件を処理するためその真相の解明を警察組織には寄らない個人にゆだねた。

 下束シモヅカヨロイ。無名の私立探偵である。



「それではイチギさん。話を聴かせていただきましょう」


 ヨロイは関係者を事件現場に集めて事情聴取を始める。

 現場には死体が転がったままだ。

 寒い時期であるため腐敗臭はそこまででもないが、他の変な臭いがしている。


 容疑者は事件当日屋敷にいた被害者を除く三名。


 屋敷の主人、上枝一義イチギ

 イチギの妻、上枝三華ミッカ

 被害者ニイトの従妹いとこ、上枝四美ヨンミ


「ヨンミは普段私の弟の家に住んでいるのですが、昨日からは春休み期間を利用しここへ遊びに来ていました。ニイトとは実の兄妹のように仲が良かった」


「うう。ニイトお兄ちゃん……」


 ヨンミはニイトの名を聞き、顔をうなだれる。


「死体を発見したのは妻です。午前九時、いつまで経っても起きてこないニイトを心配した妻と私は息子の様子を部屋に見に行きました。しかし部屋には鍵が掛かっていた。私は仕事があるのでその場を妻に任せ、妻はマスターキーを持ち出し息子の部屋の鍵を開けて入室しました」


「息子さんの部屋には鍵が掛かっていたのですね」


「はい。鍵は内側から掛けられます。外から開くには私の部屋で管理されているマスターキーを使うしかありません。そして、マスターキーを使い妻が部屋に入室するとニイトが死体となって倒れていたそうです」


「なるほど。ちなみに部屋の窓は?」


め殺しのため開きません」


「つまり事件現場は密室だった」


 ヨロイはしばし顎に手を当てると部屋の中を確認していく。

 扉は頑丈なもので糸や針を通せる隙間はない。

 鍵はピッキング防止の加工がされており正規の鍵で無ければ開けることはできないようだ。

 窓もしっかり固定されており誰も出入りできそうもない。


「死体は誰も動かしていませんか?」


「いえ。椅子に座った状態で発見されたのを妻が救命のために床に倒しています」


「死体発見後、すぐ私に連絡を?」


「いえ。妻はその後30分程心臓マッサージなど救命活動をしていたそうです。ですが息子が生き返ることはなく、私とヨンミが部屋に呼ばれました。ニイトの死を確認した私が貴方に依頼をしたわけです」


「なるほど。死体の状況から死後結構な時間が経っているようですね。死後硬直の様子から死亡推定時刻は昨夜の二十四時ごろ。ズレがあっても前後一時間程度でしょう」


 ヨロイは死体の状況を確認していく。

 気になるのはやはり手の状態だった。

 死体の右手は示指から小指にかけて切り取られていたのだ。

 切断箇所は各指の中手指節MP関節辺り。

 切断箇所からは出血の跡がほとんど無い。

 死後、血液が固まるのに十分な時間が経ってから切り取られたということになる。


 死体には指の切断箇所以外に目立った外傷は見当たらない。

 また死体は股関節と膝関節が90度屈曲した状態であった。

 死体発見時、椅子に座っていたというミッカの証言と一致する。


 死体の横には指を切断した際に使ったのであろうノコギリが置かれていた。


「このノコギリは?」


「ニイトの部屋に置いてあったものです。息子は日曜大工DIYが趣味でして」


 イチギが目を逸らす。

 視線の先には見事な装飾の施された等身大の美少女人形が数体陳列されていた。

 あれがイチギの言うDIYの産物なのだろう。


 ヨロイは次に部屋にある机の上へと視線を向ける。

 机の上には何かで叩き壊されたような、バラバラになったパソコンが置かれていた。


「このパソコンは死体発見時からこの状態でしたか」


「はい。私が見たときにはこの状態でした。私もミッカもパソコンには疎いので中にどんなデータがあったかは分かりません」


 指が切り取られた死体に、壊されたパソコン。

 謎は深まるばかりだ。


「皆さんの死亡推定時刻前後のアリバイを伺います」


「確か24時頃という話でしたよね。私と妻は同じ寝室で寝ていました。お互い神経質で少しの物音で目覚めてしまうため動けば気づけるはずです。昨夜は21時ごろに寝て朝の7時に起きました」


「ヨンミさんは?」


「ヨンミは自室で寝ていたと言っています。ただ、ニイトの部屋には鍵が掛かっていて、そのマスターキーは私たちの寝室で保管しているのでヨンミがマスターキーを取りにくれば気づけます」


 ニイトの部屋には鍵が掛かっていた。

 開けるためのマスターキーはイチギとミッカの寝室に保管されており、そのカギが無い限りニイトの部屋には入ることのできない状態だった。

 これでは外部の者の犯行も不可能だ。


「皆さん。他に何か気づいたことは?」


「あ、あの」


 うなだれて泣いていたヨンミが顔を上げる。


「探偵さんから死亡推定時刻を聞いて思い出したことがあるんです。私はニイトお兄ちゃんの部屋の隣に泊まっていました。昨日の24時ごろ、ニイトお兄ちゃんの部屋からギコギコと激しく何かが揺れるような音が聞こえてきたんです。私、眠くてそのまま眠っちゃったんですけど。あの音、事件と何か関係があったんじゃ……」


「ヨンミさん。ありがとうございます。おかげで真相が分かりましたよ」


「それじゃあ、探偵さん」


「ええ。真相をお話しします」


 密室、切り取られた指、壊されたパソコン、謎の物音。

 探偵の口から真相が語られる。








「順を追って説明しましょう。まず証言からニイトさんが死んだ時の状況を推測してみましょう。死亡推定時刻は深夜24時。ニイトさんは部屋に鍵をかけ、椅子に座りパソコンに向かっていた。この時、ヨンミさんの証言からニイトさんの部屋からは激しく何かが揺れる音がしていたという。このことから考えられる事は一つ。


 ニイトさんは激しく自慰オナニーをしていた!」


「ちょっ、ちょっとヨロイさん! オナニーなんて、いきなり何を言い出すんですか。そりゃ息子も男ですからオナニーぐらいするでしょうが。今、そんなことを追求しなくても……」


「イチギさん、黙って聞いてください。オナニーこそ、この事件の核心なんですッ!」


 真に迫ったヨロイの気迫に、イチギは押されてしまう。

 ヨンミはオナニーと連呼するヨロイに冷ややかな視線を送る。


「部屋に入った時から気になっていた変な臭い。これは精液ザーメンの臭いだった。これだけの臭いです。ニイトさんは相当な興奮状態にあったと思われます。そして悲劇は起こった」


「まさか」


「ええ。オナニーによる過度な快感によりニイトさんの体内にはアドレナリンなどの多量の興奮ホルモンが分泌された状態になっていた。興奮ホルモンは体内の血圧を上昇させる効果を持ちます。脳出血を起こし死に至ることは十分考えられる」


「そ、そんな」


「つまりニイトさんの死因はオナニーの快感による絶頂死テクノブレイクだったのです!」


 ヨロイの言葉に場は騒然となる。


「ちょ、ちょっと待ってください。息子の指は何者かに切り取られているんですよ! まさか、オナニーで指が千切れたとでも言うつもりですか!」


「指を切り取った犯人は、ミッカさんあなたですね」


「ご、ごめんなさい……」


 ヨロイが顔を向けるとミッカは泣き崩れ地面に膝をつく。

 ヨンミはニイトの死体に軽蔑の目を向けている。


「探偵さん。一体どういうことですか! なぜ、妻が息子の手を」


「ニイトさんの名誉の為ですよ。息子さんはオナニーの最中テクノブレイクして果てた。当然右手は自身の性器ペニスを握っていることになる。ミッカさんが死体を見つけたのは死後硬直が進んだ死亡から約9時間後のこと。ミッカさんはニイトさんの手をペニスから引きはがそうとしたのでしょう。しかし、死後硬直により手は硬くペニスを握っておりミッカさんの力では引きはがすことができなかったのです。仕方なく部屋にあった工具で指を切るしかなかった」


「じゃあ、パソコンが壊されていたのも」


「おそらく死体発見時、パソコン上ではエロ動画が流れていたのでしょう。ミッカさんはパソコンに詳しくなかった。動画を止める方法が分からず壊すしかなかったのでしょう」




「あなたごめんなさい」


「いいんだよ。ミッカ」


 ヨロイの推理が終わり、抱き合うイチギとミッカ。

 軽蔑の目を向けたままニイトの死体に唾を吐くヨンミ。


 息子を思うため死体の切断という罪に手を染めた母と子の愛の事件はここに解決した。 


「悲しい事件でした」


 ヨロイはそう言い残し、静かに館を去った。

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