天然少女とこんびにバイト

みすたぁ・ゆー

天然少女とこんびにバイト

 高校一年生の亜梨有ありありアリスは都内某所にあるコンビニ『サイコーマート米泥こめでい町店』でアルバイトをしている。


 彼女はクリクリとした瞳に活動的なショートの髪、身長150cmを少し超えたくらいの体格で、何事にも真面目かつ一生懸命に取り組む優等生。


 また、太陽のような明るさと面倒見の良い性格ということもあって、学校でもバイト先でもムードーメーカー的な存在だ。


 なお、サイコーマートは関東を中心に展開しているチェーン店で、店内調理のメニューである『ぬか漬けパフェ』『鮒寿司バーガー』『くさやあんまん』『タピオカトムヤムクン』『納豆牛乳』などはいずれも他店の追随を許さぬメガヒット商品となっている。






 さて、とある日曜日の午後三時。


 店内にいる客はイートインスペースで井戸端会議に夢中のご近所マダムや自宅に居場所を見いだせない中年サラリーマン、持病自慢大会をしている高齢者、地底人、異星人、リザードマンくらいで、ゆったりとした時間が流れている。


 まさにいつもと変わらぬ平和な日常風景。そして客の対応が一段落したアリスは大きく息をつく。


「アリス君、ちょっといいかね?」


 その時、店の奥から出てきたのは米泥町店のオーナー兼店長の羽田花はだか禁句きんぐ。頭には真鍮製の薄汚れた王冠をかぶり、手には玩具の魔法少女ステッキを握っている。服装はコスプレ専門店で購入した西洋風のモコモコとした暑苦しいローブだ。


 ちなみに口ヒゲと顎ヒゲは自前のものとなっている。


 もちろん、この格好はあくまでも彼の趣味。ゆえにどこかの国を治めているというわけではないし、巷で流行っている異世界転生や転移というわけでもない。


「何かご用ですか、店長?」


「愚か者っ! 余のことは『王様』と呼べと口を酸っぱくして言っているだろう? 火あぶりの刑にされたいのかッ?」


 眉を吊り上げ、唾を飛ばしながら怒鳴る禁句に対し、アリスは思わず頭を抱える。


「っ……。火あぶりの刑って唐揚げ調理のことですよね? それならいつもやらされてるじゃないですか。今、レジ横に陳列してあるのも全て私が作ったやつですよ」


「……そう言われてみれば確かにそうだな」


「それとエリアマネージャーからは『従業員に王様と呼ばせるな』って叱られてませんでした?」


「あんなの無視だ、無視。どうせいつもは見ていない」


「……かしこまりました、。で、あらためて訊ねますが、私に何かご用ですか?」


「今日から新人のバイトが入る。すでに店の奥で待機中だ。面倒を見てやれ良きに計らえ


「あ、そうなんですか。承知です」


「――おい、入りたまえ!」


 王様がそう声をかけると、バックヤードから高校生くらいの女の子が姿を現す。


 セミショートの銀髪に眠たそうな瞳、何を考えているのか掴めないボケーッとした表情。さらに沈着冷静で落ち着いた空気を醸し出している。


 そんな彼女を見るなり、アリスは思わず声を上げる。


「シャムっ!?」


「アリス……ここでバイトしてたんだ……」


 新人のバイトはアリスのクラスメイトの平良たいらシャムロットだった。


 彼女はクラスの中でも目立たない方で、言葉数も少ない。ただ、引っ込み思案というわけではなく、喋るのを面倒くさがっているだけ。そしてクールで的確なツッコミを入れることもあるが、想定外の言動をしてみんなを驚かせる一面もある。


「なんだ、ふたりは顔見知りか。それならうまくやれるな? ――では、店は頼んだぞ。余は庶民の生活を視察してくる」


「視察? ……あー、はいはい。競艇へ行ったあとに仲間と深夜まで居酒屋ですね?」


「さすが余の腹心! よく分かっておるではないか。褒めてつかわす」


「また奥さんのカミナリが落ちても知りませんからね……」


「……ぐ……それを言うな……」


 禁句は苦虫を噛み潰したような顔をしつつ、視察へと出かけた。


 結果、次のシフトのバイトさんが出勤してくる夕方まで、店にいる従業員はアリスとシャムのふたりだけとなったのだった。


「さて、と……。今日からよろしくね、シャム」


「……うん。あたしこそよろしく」


「じゃ、私はバックヤードで商品管理関係の作業をするから、シャムはレジをやってくれる?」


「御意っ!」


 こうして店内はシャムがひとりで対応することになった。


 彼女はレジの横でマネキンのように呆然と佇み、ハシビロコウが転生したんじゃないかというくらいにピクリとも動かない。


 それからしばらくして、店には男子高生がやってくる。彼は真っ直ぐカウンターへ移動し、視線をレジ横のエスプレッソマシンに向けながらシャムに声をかける。


「すみません、コーヒーください」


「コーヒー? ……あ、ちょっと待ってて」


 スイッチが入ったかのように急に動き出したシャムは、店内を歩き回り、何かを手に持ってカウンターへ戻った。そしてしゃがんでゴソゴソとやったあと、それを男子高生の前に差し出す。


「お待たせ……」


「ちょっ、これっ、ドッグフードでしょっ!? しかもご丁寧に犬用のフードボウルにまで入れてっ! どう間違えたらコーヒーがドッグフードになるのっ? 僕が社会の犬とでも言いたいのっ?」


「あ……間違えた……」


 顔を真っ赤にして憤る男子高生に対し、シャムは全く意に介していない様子で無表情のままフードボウルを引っ込めた。


 直後、彼女は別のものをカウンターの下から取り出す。


「はい、どーぞ……」


「わぁ、湯気まで出ておいしそうな味噌ラーメン♪ ――じゃなくて、僕が買いたいのはコーヒーだってば! っていうか、カウンターの下に屋台でもあるのっ!?」


「あ、コーヒーか。最初からそう言ってくれればいいのに」


「っっっっっ!」


 額に青筋を浮かべている男子高生を尻目に、シャムは飲み物コーナーの冷蔵庫へトテトテと駆けていった。そしてそこに陳列されている缶コーヒーを持ってきて、男子高生に差し出す。


「はい、コーヒー。税込み110万円」


「高っ!」


「真に受けないで。よく下町の商店街で店のおっちゃんが言ってる冗談と同じ。ホントは110円」


「……コーヒーに辿り着いたのは大幅な進歩だとは思うけど、僕が買いたいのはこの場で淹れたやつだよ」


「そうなの? じゃ、もう少し待ってて」


 シャムは店内の床掃除に使うバケツをカウンターの下から取り出すと、それを持って飲み物が陳列してある冷蔵庫の前へ移動した。そしてそこにある缶コーヒーを次々に開けてバケツを満たしていく。


 開けられた缶の数は十数本。その後、シャムはコーヒーが零れないようそのバケツを慎重にカウンターへ運ぶ。


「おまたせー。店で淹れたコーヒー」


「ふざけてるのかっ? もういらないよっ!」


 男子高生はとうとう怒って帰ってしまった。缶コーヒーを大量に開けてしまった上、店内には空き缶が散乱している。


「なんで怒ったんだろ? もしかして微糖よりも無糖の方が好みだったのかな?」


 シャムは『んー』と唸りながら考え込んだ。




 すると出ていった男子高生と入れ替わるように、今度は素浪人の笹木ささき光次郎こうじろうが店に入ってくる。


「もし、店員の娘。拙者、プリンを所望したいのだが」


「……イメージに合わない」


「余計なお世話だ! プリンはどこにある?」


「駅前デパートの地下一階で売ってる。取り寄せる?」


「うむ、頼む」


「29万8000円。でも今なら特別に10万円引きで19万8000円。分割払いは893回までOKで、金利手数料は店が負担。しかも高枝切りバサミと布団圧縮袋がオマケで付いてくる」


「よし、買った!」


「――というのは、全て冗談。そういうサービスはやってない」


「っっっ! じゃ、なぜそんなこと言ったッ!?」


「……暇つぶし」


「斬り捨てるぞ、貴様ぁああぁっ! もういいっ!」


 光次郎は頭から湯気を立てて去っていった。


 なお、既の所で刀を抜かなかったのは、人を斬ると刃の手入れをする手間がメチャクチャかかるという理由からだ。


 素浪人という立場上、手入れの手間とコストは再就職活動仕官に影響する。


「商売って難しい……」


 店内にポツンとひとり取り残されたシャムは小さく呟いた。




 次にやってきたのは、迷彩服を着た銀行員。今回は無難に唐揚げ弁当を販売し、あとは袋に入れるだけという状態となる。


 その時、銀行員はハッと息を呑んで思い出したように言い放つ。


「あっ、店員さん。お弁当、温めてください」


「……御意」


 シャムは弁当を持つと、それをしっかり抱きしめた。そのまま何もせずにジッとしている。


 何が起きたのか分からず、呆然とする銀行員。やがて恐る恐るシャムへ問いかける。


「キ、キミ、なにしてんの?」


「私の体温で温めてる。恥ずかしいけど仕事だから我慢してやってる。あとでニオイを嗅いだり舐めたりしないでね?」


「失敬な! もういらん!」


 銀行員は弁当を置いたまま、店を出て行ってしまった。


 もっとも、代金は支払済みだったので、店としての損害が出なかったのは不幸中の幸いかもしれない。


「セクハラ客にはホントに困る……」


 シャムは遠ざかっていく銀行員を眺め、大きなため息をついた。


 その直後、アリスが様子を見るためにバックヤードからやってくる。


「シャム、うまくやれてる?」


「バッチリ……!」


「そっか。じゃ、がんばってるし、アイスを奢ってあげるよ。私も食べるから一緒に持ってきてくれると嬉しいな」


「……御意。ところでアリスはそのアイス、温める? お腹が冷えちゃうから、今回は電子レンジを使うけど」


「あっはは♪ アイスを温めたら融けちゃ――っ!?」


 ここでアリスは何かに気付き、目を丸くした。そして顔を引きつらせながらシャムに訊ねる。


「……ね、ねぇ、シャム。私が奥で作業している時、お客さんにどういう対応をした?」


「えっとね――」


 今までの顛末の全てを楽しげに説明するシャム。しかも各対応をした時に使ったものをわざわざ再度用意し、実演までしてみせる丁寧さ。


 一方、それを聞いた途端、アリスは頭を抱えてへたり込んだのだった。






 ――翌日、シャムは王様から斬首刑(クビ)を言い渡された。



〈了〉

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