ある男の物語

織末斗臣

第1話

 ジョージは僕の祖父だ。

 僕は彼を『ジョージィ』と呼んだ。僕の名前も同じジョージだから、僕と彼を区別するためにちょっとしたニュアンスを加えてみたのだ。


 これは、僕の祖父のジョージの物語だ。


 『ジョージィ』は義勇兵としてある戦争に参加して、被爆し、五感を失った。

 

 家に戻ってきた『ジョージィ』は、何もできずに横たわっているだけの年寄りになっていた。体のどこにも傷ひとつない。

 爆発で投げ出されたとき、柔らかな泥地に着地して命は助かった。でも、泥地から引き出された『ジョージィ』は五感をすべて失っていた。

 

 『ジョージィ』は静かにゆっくりと呼吸をしていた。

 なにも感じ取ることができないので、誰かが『ジョージィ』の手を取って名前を呼んだとしても、彼には通じないのだ。


 『ジョージィ』は奇跡のように生き続けた。


 ある時、僕は『ジョージィ』に話しかけられたような気がした。彼の傍にいる時ではなかったので、僕は急いで『ジョージィ』の寝室に向かった。


 『ジョージィ』が、ベッドの傍らに立っていた。

「ジョージィ!」と僕は叫んだ。なにかまた、とてつもない奇跡を目にしたような気分だった。

「わたしは旅に出なければならない」と『ジョージィ』が言った。

 五感を失った彼が言葉を発したわけはなく、それは直接僕の頭の中に伝わってきたのだった。

「いったい何を言ってるんだ」と僕はつぶやきながら、『ジョージィ』をベッドに押し戻した。『ジョージィ』は小さく軽くしぼんでしまって、まるで鳥の羽のように手ごたえがなかった。


 『ジョージィ』はそれからしばらく静かな呼吸を繰り返しながら横たわっていたが、何度目かに彼の寝室を訪れたとき、『ジョージィ』の姿はなくなっていた。

 もうどこを探しても『ジョージィ』は見つからなかった。彼の姿を見たものは誰もいない。

 『ジョージィ』の旅行鞄といくらかの衣類がなくなっていたので、本当に旅に出たのだと皆が思っている。兎に角、彼は常人とは違っているので。


 それから僕は時々『ジョージィ』を近くに感じるようになった。

 『ジョージィ』は何かと僕を助けてくれる。仕事や、結婚や、危ない出来事が身に迫った時など。 

 彼がどうやって僕を見ているのか、理解の仕様はないが、ただ僕は、『ジョージィ』を感じるのだ。

 

 

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ある男の物語 織末斗臣 @toomi-o

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