陰陽の仔

メイルストロム

半陰半陽


 ──第六感。


 信じているかどうかは、まぁ個人によるのだろう。

 視覚、味覚、聴覚、触覚、臭覚の五感は基本的に備わっているのだが、第六感については不明。そもそも存在するのかどうかすらわかっていないのだから、仕方ないと言えば仕方ないのだが……ならば何故、そのような話をするのかだって?


 ──その第六感でしか視えないモノが居るからだ。

 廃工場や廃校、土地開発により破棄された村落。普段の生活ではあまり目に触れないだけで、そういった土地は確実に存在している。

 ご存知かも知れないが、人が長く居た場所には多少なりとも良くないものが根付く事があるのだ。

 小さな不満や怨みが統合され、かたちを得ることもある。そう言った者達を視て対処するのが、私の役目なのだろう。


 ふらり、ふわり。海に漂う海月くらげのように、空中を漂う人の貌をしたものもあればそうでないものもある。私にはそう視えているだけで、他の人にはまた違った姿に映る可能性はあるが──


 ──そんなものは些事でしかない。


「──あぁ、鬱陶しい。こっち側に干渉してくるんじゃない!」

 手にした小刀を振るい、漂う霊の首を絶つ。絹を裂くような悲鳴こそあがるものの、生身の人間のように血液が飛び散ることはない。あれらは生者に非ず、既に死して肉の器を失った者たち。しくは残留した思念が形を得たモノであり、本来ならば視えない存在なのだ。それ故にたちが悪いとも言える。

 あれらには鋭い爪も牙もない剥き出しの霊魂であり、肉の器を傷付けることはない。しかし命の本質たる霊魂へ干渉し傷をつけるのだから。

 知らず知らずの内に本質を傷つけられ、時に喰われてしまうのだから視えない奴等には対抗する手段がないのだ。視えないモノを視る感覚、私が第六感と呼んでいるそれを持つものは酷く限定的だ。仮に出逢えたとしても、視えるかたちが異なってしまう。加えて私のように干渉出来る者となると、出逢えた試しがないのだ。


「お前達も、獲られぬモノを獲ようとするな──!」

 陰と陽──昼の女王と冥の王。対極に在る二人から産まれた混じり物の私が言うのもおかしな話であるが、両者は交わるべきではなかった。対極に位置するが故に見えるもの、見えぬものが全く違う。


 ──言ってしまえば、両親を除いてどちらの民も本質を視るセンスが無かった。


 だから互いに互いを恐ろしいモノとして畏れ、害しあってしまった。双方を視る事が出来る……出来てしまう対極図のような私には、どちらも大差無いというのに。

 私から視れば──互いに追い求めるものも、嫌って傷付けているモノも己の内に在る。そこに気付けていないだけなのだ。

 肉の器こそ無くとも魂に貌を成したモノ、肉の器こそ在れど魂の貌が無いもの。こう記してやれば何となく視る事が出来るのではないか?


「見えないからって、諦めるのならここで死ね!

 その甘ったれで女々しい性根ごと叩き斬ってやる」

 群がり来る霊魂達を、一切の躊躇い無く切り捨てる。男も女も子供も老人も関係ない。死してなお見えないわからないと、欲しいモノにすがり続けるくらいならここで終わらせてやる。

 完全に本質を見失って、厄災を振り撒く化物に成り下がってしまう前に──


 ──終わらせてやる。


 半陰半陽、伽藍堂がらんどうの私が断ってやる。視えてしまうが故にどちらへも逝けず本質しか視えない私が、お前達を見失ってしまう前に。




 ──それが、せめてもの救いになる事を私は祈っている。





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