Skuld

安崎依代@『比翼は連理を望まない』発売!

 私の胸にストンと落ちてきた言葉は、絶対だ。


「カズサ、正面から2時の方向、襲撃」


 私の声を受けた相棒はその場から横っ飛びに飛び退ると柱の陰に身を隠した。その瞬間、闇の中に火線を引いて弾丸の嵐が吹き荒れる。


「助かったわ、アヤメ」

「まだ安心できない。ここを突破しなくちゃ、任務は完遂できない」

「確かにな」


 カズサが身を隠した柱と一列離れた柱に身を隠しながら、私はインカムに囁きかけた。私と繋がったインカムをつけているカズサには、私の耳にカズサの声が響いているように私の声が聞こえていることだろう。


 敵対組織のアジトに潜入し、金庫に保管されている機密書類を持ち出す。それが今日、私とカズサのバディに組織から降された任務。


 途中まで順調だったはずである任務は、目的の部屋のすぐ前で敵陣と鉢合わせしてしまったことで、思わぬ苦戦を強いられていた。


「アヤメ、『予言』はできるか?」


 だけどカズサに焦りはない。


 カズサは、知っているのだ。私の手にかかれば、どんな局面であっても危機にはならないのだと。


 私は深呼吸をしながらゆっくりと瞼を閉じた。そのまま、場の空気に己を同化させていく。


 自分の輪郭がぼやけて、周囲の空気と同化していくような感覚。そうやって己を周囲ににじませて、周囲と等張になった瞬間。


 ……ストンッと、その言葉は私の胸に落ちてくる。


「カズサ、3秒後、弾切れ」

「あいよっ!!」


 それだけ伝えれば、カズサには十分だ。


 3秒後、一瞬だけ相手からの発砲が止まる。その瞬間をカズサは見逃さない。ヒラリと柱の影から飛び出たカズサは敵陣を一人一発の弾丸で確実に仕留めながら前へ前へと駆けていく。射撃の名手であるカズサにしかできない芸当だ。


「……アヤメ、制圧完了だ」


 今度銃撃音がやんだ時、聞こえてきたのはカズサの声だけだった。私が身を潜めていた柱の陰から顔を出せば、廊下には物言わぬ物体に成り下がった肉塊と、目的の部屋の前に立つカズサだけがいる。


「さぁーて、とっととブツをいただいてズラかるといたしますかねぇ〜」


 カズサは軽く呟くと入手しておいたカードキーを電子ロックにかざした。たったそれだけでドアはあっけなく道を開く。


 カズサが先に中に入り、私が後に続いた。


 その瞬間、こめかみのすぐ隣でカチャリと重く金属音が響く。


「……何の真似?」


 私の後ろでパタリと扉がしまり、オートロックで鍵が閉じる音が聞こえた。


「『予言者』と言われるお前でも、この未来は予言できなかった、てか?」


 部屋の中には、何もなかった。突き当りに窓がある殺風景な光景だけが広がっている。


 そんな中、私の隣に立ったカズサが、私のこめかみに向かって拳銃を突きつけていた。カズサなら絶対、この距離からならば、私がどんな抵抗をしたところで的は外さない。


「望みは?」


 私は手の中にあった拳銃を足元に落として蹴って部屋の隅へどかした。耳の中にあったインカムも電源を落とし、部屋の隅に向かって投げ捨てる。そのまま両手を頭の高さまで上げて無抵抗を示すと、カズサは皮肉げに笑ったようだった。諦めの早さに笑ったのか、己の想定通りに事が進んだことを笑ったのか、私にはちょっと分からなかった。


「お前になら、こっちの望みなんて分かってんじゃねぇの?」

「……分かんないな、カズサのことは」


 私は小さく溜め息をつきながら、ヒョイッと軽く右手を振った。


「分かってんのは、


 それを合図に、正面の窓が破裂した。ほぼ同時に私の隣からグシャリと何かが潰れる音と、液体が撒き散らされる音が響く。


「……聞きたくなかったな。あんたの裏切りを予言する言葉なんか」


 返り血が、私の体にも頭から降り注ぐ。だけど私はそれを気にすることもなければ、かつての相方の成れの果てを振り返ることもない。


 ただ静かに部屋の中を進む。あらかじめ返り血が飛ばない場所まで退避させておいた愛銃とインカムを回収するために。


 ──5秒後に、入電。


 ストンッと、また私の胸に言葉が落ちた。


 第六感。虫の知らせ。


 言い方は何だっていい。私の胸に落ちてくる言葉は、決して外れない。私の胸に落ちてくる言葉は、絶対だ。


『スクルド』


 インカムを耳に入れ直して、電源を入れる。ちょうど5秒でその仕草を終わらせると、インカムに低い声が響いた。


『裏切り者の始末は?』

「予定通りに完了。手配していた狙撃手を撤収させて」

『了解』


 正面の窓から見えていた建物の向こうにライフルバックを背負った人影が消えていく様を眺めてから、私は一度だけ背後を振り返った。私の本質……組織に『未来を識る女神スクルド』と呼ばれる私の特異性に最後まで気付いていなかった、誰よりも背中を預けてきた相方の姿を見送るために。


 ──カズサは、気付いていなかったわけじゃ、ない。


 落ちてきた声に、私は一度だけギュッときつく目をつむった。


「……あなたが私を一度も『スクルド』と呼ばなかったのは……」


 呟きかけて、そこでやめる。


 私は、選んだ。彼の手を取らないという、この道を。


「……おやすみなさい」


 小さく囁いた声は、誰にも届かずに夜の闇の中に消えていく。


 答えてくれる声は、胸の内にも闇の中にも、聞こえてはこなかった。




【END】

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Skuld 安崎依代@『比翼は連理を望まない』発売! @Iyo_Anzaki

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