第7話 いかにして魔術士は猛犬騎士に首輪を嵌めたのか?
その後の話をしよう。
あの後、薄笑いを浮かべたまま喋らなくなったレメクをルドガーが連行していった。イーヴォは念のための護衛として、中央棟地下の牢獄へ付き添っていった。
レメクは皮肉にも、ロウが入っていた牢に拘束されている。
テオドアはというと、
そのテオドアが地面と衝突する前に抱き止めたのは、ロウだった。慌てて駆けたのだろう、藍色の髪は乱れ琥珀の瞳には焦りが浮かんでいた。
琥珀の相貌の奥には、蛍火色の淡い光。わざわざ魔力を走力に変換してまで駆けつけなくていいのに、とテオドアは少し笑った。
いつ起きたか、レメクの話を聞いたのか、と確認したいことは山ほどあった。
けれど、テオドアは回復しようとするために身体が欲している睡眠欲に打ち勝つことはできず、そのまま目を閉じた。
慌てて騒ぐ重く低いロウの声と、聞き馴染んだジルドの切羽詰まった声を子守唄にして。
そして数日後。
「……あんた、これでよかったんですか? 望めば隊長にもなれたでしょうに」
テオドアが、審問局の局章を襟と肩につけた騎士にそう聞いた。
十分な睡眠と食事によって回復したテオドアは、エレミヤ騎士団
襲撃されて爆発音まで鳴り響かせていたから、ぐちゃぐちゃになっているかと思いきや、審問局は普段通りだった。ジルドはどうにか上手くやったらしい。
いつも通り、なにも変わるところのない執務室と
と、胸の内で嘆きながら、そういえば変化もあったのだ、とテオドアは思う。思いながら、審問局の局章を襟と肩につけた騎士を眺める。
夜を思わせる藍色の髪、濁りのない琥珀色の眼。そして、精悍で艶めいた顔立ち。鍛えられた巨躯の持ち主であることは、隊服をキチリと着込んでいても、よくわかる。
その体躯に視線を奪われていると、ロウがようやく、ボソリと低く返答した。
「デラクレス隊長の下で剣を振るえないなら、役職付きになっても意味がない」
「……あ、そうですか」
「それに、自由に生きろ、と言われたからな」
ロウはそう言って、ぎこちなさが残りはするけれど、柔らかく笑った。
あの日テオドアが嵌めた首輪、正式名称『隷属の首輪』は、すでに解除し外されている。
あの事件があったからか、それともデラクレスが残した言葉——遺言を遂行するためか。あるいは、あの時の約束を履行してもらうべくテオドアを監視するために近づいたのか。ロウは第三部隊には戻らず審問局付きの騎士となっていた。
それはそれで、しっかりデラクレスの言葉に縛られているな、と思わないでもない。が、ロウがそれでよし、としているから、テオドアはなにも言わないことにした。
審問局に騎士がつく、というのは、何物にも変え難い魅力があるのだ。
「でもさぁ、お前が隊から抜けてから、めっちゃ忙しいんだよ。オレとしては困るわけ!」
「まあまあ落ち着きなよ、デヂモ君。きっと、すぐに飽きて戻るだろうから」
ロウの決意に水を差すようなことを言ったのは、なぜか審問局へ遊びにきているデヂモだ。そのデヂモの相手をしているのは、テオドアの上司であるジルド。
ジルドはざんばらに刻まれた髪を整えて、以前の長い髪からは想像もつかないような短さに変えていた。襟足を刈り上げて、頭の上はふわっとさせて、快適そうではある。
けれど、この髪の短さと紫がかった銀髪、それに色付きレンズの眼鏡が組み合わさると、どうにも妖しい男にしか見えない。ジルドを知らない人間が見たら、ジルドが魔術士である、なんて、認識されないかもしれない。
本格的な夏に向けてイメチェンしたのだ、とジルドは主張しているけれど、多分、あれは、ただの趣味だ。
「おー、戻るのか? できれば早急に戻ってきてください!」
両手をパンッと勢いよく合わせて合掌しながら、デヂモが頭を下げている。デヂモは第三部隊に残って、ロウとデラクレスが抜けた穴を必死で埋めている、らしい。
そんなデヂモの懇願に、しかしロウは情け容赦なく拒否を示した。
「戻るつもりはない」
「そんなッ!?」
「ええー? でも、うちのテオ、近いうちに魔塔に帰るけど」
「……オラニエ、そうなのか?」
「帰らないって、違うから。おれの
本当のところは、魔塔に帰るのが面倒くさい、という身勝手な理由から
拠り所であっただろうデラクレスを失ったロウは、飼い主を亡くした犬のようにしょぼくれていたから。一度首輪を嵌めて繋いでしまった責任を取らなければ。そんな考えもテオドアの中にはうっすらとある。
視界の隅でジルドがなにか言いたそうな表情を浮かべていた。けれど、気づかなかったことにして、テオドアはロウに向かって儚く笑った。
だからロウは、ただひと言。
「そうか。……感謝する」
と。そう答えて、目元と頬を柔らかく緩めた。
ああ、なんて。なんて平和だろう。次の事件が起こるまで、できるだけ長くこの平穏が続けばいい、とテオドアは切に願う。
<了>
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