二岡くんは六感で食事を楽しみたい

水涸 木犀

Ⅲ 二岡くんは六感で食事を楽しみたい[theme3:第六感]

 久方ぶりに感じた脱力感から気を取り直して、早くも数十分が経過した。


 わが社で開発中の新作VR乙女ゲーム「オフィスでの出会いは突然に」。予算獲得に向けたプレゼンのためにゲームの中身を知っておきたいという思いから、経営企画部のわたしと経営管理部の伍代ごだいは軽い気持ちでログインを試みた。しかし、なぜか開発用アバターとしてゲームにインした伍代だけログアウトできなくなってしまう。


 原因を探る開発チームの一人で、わたしの同期でもある橋元弥生はしもとやよいは「メインプレイヤーがゲームクリアすることで、開発用アバターもログアウトできるようになるのではないか」と仮説を立てた――メインプレイヤーとは、わたしのことだ――。そんな経緯から、わたしは業務時間中に乙女ゲームをプレイすることを余儀なくされている。他にバグがないか血眼になって探している弥生と、ゲーム内でいちいちキャラクターに突っ込みを入れている伍代の観察つきで。


 ――本来、乙女ゲームって一人でひっそりと楽しむものだと思うのだけど――

 愚痴をこぼしたくなるが、この状況になってしまった以上は仕方ない。気持ちを切り替え、ストーリーが最も短い一ノ瀬部長ルートを攻略し、クリアしたのだが。


「エンドロール? 俺の画面はなにも変化が無いが」

「えっ? スキップとかもできない?」

「ただ一ノ瀬部長が宇賀うがさんに告白して、OKしたところで止まっている」

「わたしじゃなくて主人公のサツキ! そこは混同しないでほしいです」

「プレイヤーは宇賀さんなんだから、どちらで呼んでも一緒だろう」


『二人とも、落ち着いてください』

 口喧嘩になりそうなところで、開発者画面が開き弥生からのチャットが飛んできた。

「宇賀さんの視点ではエンドロールが流れて、タイトル画面に戻った。でも伍代さんの視点では場面が切り替わらない、ということですね」


「その通りだ。橋元はしもとさんにはどちらの様子も見えているだろう」

『はい。……いま、伍代さんの視点が初期のオフィスに戻りましたね。宇賀さんが「ニューゲーム」を選択したからだと思いますが』

「おい。……もっとゆっくり、ログアウトできる箇所が無いか調べてから再開すべきではないのか?」


「そんな悠長なこと、言ってられないと思いますよ」

 弥生と伍代がやり取りしている間にさっさと二周目を開始した私は、二人にきっぱり言い切る。

「エンドロールが出ないってことは、伍代さんから見たらまだわたしはクリアしてないことになってるんですよね。ならば、誰を攻略すればクリア画面が出るのか、全員総当たりで確かめていくしかないじゃないですか。急いで二人目も攻略しますよ」


『宇賀さん、なんか妙なスイッチが入ってしまいましたね』

「まぁ、俺がログアウトできるか否かは、宇賀さんのプレイングにかかっているからな。橋元さんは引き続き、彼女のサポートと原因の究明を頼む」

『承知しました』

 二人のやり取りを聞き流しながら、わたしは攻略に取り掛かる。


 〇 〇 〇


 いくら総当たりでの攻略を試すとは言え、なるべく攻略対象キャラには変化を持たせたい。一周目は上司ポジションの一ノ瀬部長だったから、今回は後輩にあたる二岡におかくんを攻略することに決めた。


 二岡くんは同じ部署の後輩で、主人公サツキがメンターとしてマンツーマンの指導をしている。一ノ瀬部長と同じく、立場上社内での接点が非常に多い。一周目同様、オフィスでの会話はひたすらに無難な選択肢を選んで進め、外出イベントである「外回り帰りのディナー」までたどり着いた。


「うわぁ、お腹すくな、これ」

 隣で伍代が嘆息している。わたしは返事こそしないが、心の中で同意した。


 二岡くんの案内で、「五感で楽しむレストラン」を標榜している、ちょっとおしゃれなレストランに主人公サツキは入っていく。

 中央には厨房が良く見えるガラス張りの区画があり、それを取り囲むようにカウンター席が並ぶ。ガラスは上部が開いているようで、肉を焼く音や煮込んだ野菜の香りが届くようになっていた。さすがにVRゲームなのでにおいまでは感じられないが、その光景を見聞きするだけでも食欲がそそられる。「五感で楽しむ」とうたっているだけのことはある。


『ここ、カウンター席の方がおすすめなんですよ。調理するところが目の前で見られるので』

 二岡くんは解説を加えながら、主人公サツキを席まで誘導する。丸椅子に腰かけると、右側にポップアップが表示された。

『何を注文しますか?

 ①牛ヒレ肉のステーキ ②骨付きチキンのサラダセット ③チーズハンバーグのアスパラ添え』

「こんなところにも、分岐があるの……?」


 まさかの料理を選ぶ選択肢が出てきて、わたしは呻く。しかも今は攻略対象キャラと二人きりだから、選択如何でこの後の会話が変わる可能性が高い。しばらく考えたが、先の展開が全く予想できずに、①を選んだ。今一番食べたいもの……自分の欲望に忠実に従った結果だ。

『いいですねぇ。やっぱりステーキがここの名物ですからね』

 可もなく不可もなく、な択だったのだろうか。特にパラメーターに変化はないが、二岡くんは笑顔でウエイターを呼び止め、注文をしてくれる。


 ほどなくして、ガラスを隔てた向こう側ではヒレ肉を鉄板でジュッと焼くシェフが現れた。

 ――今日の夕飯は、肉にしよう――

 こんな風景を見せられて、食欲を押さえられる人間はいないだろう。ちらりと横をみると、伍代も手際のよいシェフの調理を目をそらさずに見つめている。わたしは、ふいに伍代が可哀想になった。


 ――堅物眼鏡伍代さんは、ゲームからログアウトしない限り、好きなときに好きなものを食べに出かけられないんだよね――

 生殺しの状況から解放するためにも、さっさとゲームクリアを目指さなければならない。決意を新たにしたところで、目の前のカウンターテーブルへステーキが置かれる。


『うわぁ、美味しそう』

 思わず本心からの声が漏れる。攻略に影響があるかもしれないと慌てて口をふさぐが、隣に座る二岡くんはにこにこと主人公サツキの様子を見ている。

『ですよね! 僕も一度来てみたかったんですよ。五感で楽しむレストランって、すごい気になってて。でも男一人では来づらいので、サツキさんと一緒に来られてよかったです』

 そういって、二岡くんはいただきます! と元気良く手を合わせる。彼が食事を始めたのと同時に、主人公サツキの前にもナイフとフォークが現れた。一応食べるモーションはできるらしい。実際に口に入れられるわけではないが。


『サツキさん。突然の質問なんですけど』

 もぐもぐとステーキを口に含みながら、二岡くんが声をあげる。

『サツキさんは、第六感って信じますか?

 ①信じる ②信じない ③第六感って?』


「本当に唐突な質問だな」

 伍代が呆れたように呟くが、それを無視して質問の意味を考える。

 Yes, Noの二択ならば、迷わずYesを選んでいた。わたしは仕事をしているときに、何の脈絡もなく突然アイデアが降ってくる、という経験をしたことがある。あれが第六感だというのなら、わたしは体験済みだ。

 しかし今この場で、二岡くんが第六感の話を持ち出したことに意味があるのだろう。ここは話を広げるために、③を選ぶ。


『第六感って?』

『ほら。このレストランって、五感で楽しむことをモットーにしてるじゃないですか』

『そうだね』

『五感って、視覚・聴覚・触覚・味覚・嗅覚のことですけど、実際の人間ってそれ以外の感覚も持ってるんじゃないかって僕は思うんです。それが第六感ってことになるんですけど。僕がいま、サツキさんと食事を楽しんでいるとき、五感以外の感覚も使っているんじゃないかって気がして。うまく言えないんですけど』

『①わかる気がする ②そうなのかな ③どういうこと?』


 再び現れた選択肢は、同意・反論・疑問の3択だ。二岡くん自身が「うまく言えない」と言っているのだから、先輩の立場の主人公サツキが疑問を呈したら、彼は萎縮してしまうだろう。となると①か②だが、②はやはり相手を否定することになりそうなので、①を選んでみる。


『なんか、それ分かる気がする』

『サツキさんも、感じますか?』

 顔をあげた二岡くんと目が合った。彼に話の続きを求められているような雰囲気だったので、返答を考えながら口にする。


『わたしは、五感以外の感覚を人間は持っていると思う。そうじゃないと、突然のひらめきとか、できなかった問題が急に解けるようになるとか、そういう感覚に至ることが無いだろうから。……それでいうと、ひらめきが生まれやすい場所って、わたしはあるんだよね。近所のカフェなんだけどさ。もし二岡くんにとってそれがこのレストランなら、君は五感ならぬ六感をつかって今を楽しんでるってことになるかもよ』

『なるほど、そう来ましたか……』


 リアルでのわたしの話を交えて語ってしまったが、AIは比較的忠実に意図をくみ取ってくれたらしい。二岡くんは腕を組んでうーんと唸る。

『サツキさんと一緒に来るとより楽しいとか、そういうことを言いたかったんですけど……確かにサツキさんのいうとおり、ここで僕がいいアイデアを思いついたりしたら、“六感で楽しむレストラン”になりますね。さすが、勉強になります』

『そんな大げさな』

 主人公サツキは苦笑しながら手を振る。しかし選択肢は間違っていなかったようだが、微妙に返答を誤った気がする。“二岡くんと一緒に来たらその分、五感以上に楽しめる”的な返しをすべきだった。結果として好感度は変化せず、とんだ飯テロパートを消化しただけになってしまった。


 〇 〇 〇


『二岡くんルートはちょっと長いですからね。まだまだ好感度アップのチャンスはありますよ』

「長いの? ……それ、先に言って欲しかった」

『最初に説明したじゃないですか。でも、目先を変えたいからって後輩キャラに突撃したのは宇賀さんですよ?』

「腹が減った」

 二人からの集中砲火を浴びて、ぐうの音も出ない。


 やはり、乙女ゲームとはいえ男性を落とすのは簡単ではない。

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