地縛霊、買います

koumoto

地縛霊、買います

 ミキタカはその廃屋に足を踏み入れると、さっそく死んだ人の霊を見つけた。

「おっ、いたいた。あんた、ここで自殺した人?」

「そうですけど……」

 首に紐が巻きついたままだ。部屋の隅の薄暗がりで、肩を落としたままぼんやり立っている。ノグチにも視えた。

「じゃあ、俺に買われてくれない? あんたの執着、俺が買った。といっても、募金みたいなもんだから、気にしなくていいよ。俺が自分の寿命を好きであんたに分けるだけだから。あんたの魂が持つかぎり、できるだけここにいつづけてくれ」

 ミキタカは勝手に話を進めていく。ノグチは交渉に参加しない。見物しているだけだ。単なる散歩の同伴者だ。

「はあ……。でも、あなたに買われて、なにをしたらいいんですか? 人に憑いたり、呪い殺したりすればいいんですか?」

「いや、それはあんたの自由だよ。好きにしてくれ。霊の倫理は霊に任せる。俺の口出しすることじゃない。ただ、いてほしいってだけだ。存在してくれるだけでいい。できるだけ成仏せずに。まあ、除霊されちまったら仕方ないけど。俺のいのちをもらっても、あんたの損にはならないだろ?」

無料ただより怖いものってないですからね……」

「幽霊のくせに怖いとか言うなよ。死んだ後でも資本主義か? 世知辛いね」

「まあ、いいですよ、そう言うなら。あなたのいのち、もらい受けます」

「よし、交渉成立だな。ノグチ、はさみだしてくれ」

 ノグチは退魔の鋏を取り出し、ミキタカに近づいた。

「俺の右手を幽体離脱させる。小指だけ切ってくれ」

「了解」

 ミキタカの右手に重なるように、透けた右手が浮かび上がる。霊体だ。ノグチは鋏を無造作に使って、透けた小指を切り落とした。

「サンキュー」

 ミキタカは、切り離されて浮遊している霊体の小指をつかみ、廃屋の地縛霊に手渡した。

「じゃあ、これ、食ってくれ。俺の寿命の一週間分。おおよそだけど。あんたにとっては、一年分くらいのエネルギー源にはなるんじゃないかな」

「えっ、食べるんですか? 気持ちわる……」

「傷つくこと言うなあ。なけなしのいのちだ、大事に召し上がってくれよ」

「わかりましたよ……」

 首に紐が巻きついた地縛霊は、もぐもぐとミキタカの小指を食べた。透けた顔色が、透けたなりに色づく。現世への絆が強まったらしい。この地縛霊は、前よりは長持ちするだろう。

「それじゃあな。しっかり死んだまま生きてくれ。ご冥福を祈ってるよ」

 ミキタカはそう言い残して、廃屋を出ようとする。ノグチもそれに続いた。

「……あの、あなたたち、なんなんですか?」

 顔色がよくなって、執着の威勢も上々の霊が、不思議がるように訊いた。

「霊を個人的に応援しているボランティアだよ」

「わたしは違うけど」

「だそうだ。まあ、こいつは関係ない。単なる霊視者。単なる冷血漢。単なる金魚の糞」

「付き添いって言えば?」

「そんなところか。それじゃあ幽霊さん、現世において、さようなら」

 二人組は、廃屋から立ち去った。


 月の綺麗な夜空だった。ミキタカとノグチは、二人で歩いていた。

「寿命を分けるって言ったって、時間を切り売りしてるわけじゃないんだよな。死なない可能性、死を遠ざけようとする斥力、そのエネルギーをプレゼントしたってだけの話で。俺がいつ死ぬのか、どれだけ寿命を投げ与えたところで、それは結局わからないんだな。いくらやっても、運命には干渉できないのかもしれない」

「日に日に死にやすくなってることだけは、間違いないでしょ」

「確かにな。着実な一歩だ。地道にこつこつ死にやすくなってる。堅実でまっすぐな道のりだ」

「なんでこんなことしてるの?」

「おまえ、この国に明るい未来があると思うか?」

「あるわけないでしょ」

「行きたいところとか、やりたいこととかってあるか?」

「ない」

「俺もない。そうなんだ、未来に俺の居場所はないし、生きたい余地も意志もない。おまえも霊視者ならわかるだろ? 霊視者だけが、確信を持って人を殺せるし、確信を持って死ぬことができる。外れた人間は外れたままだ。俺は生きてる人間が嫌いだから、自分のいのちを霊に投資したって、別にかまわないだろ? 霊は歴史で、死は過去だ。俺は過去に投資して死にたい。それが俺なりの贅沢なんだよ。富豪が金をばらまくのと同じだ」

「好きにしなよ。最後まで付き合うから」

「ありがとう」

「生きてる人間が嫌いなら、わたしも嫌い?」

「もちろん嫌いだよ。大・中・小でいうなら、小の嫌い。松・竹・梅でいうなら、梅の嫌い。だから気が合うんだろうな」

「気が合うっていうのかな?」

「知らねーけど。明日も霊探しの散歩だ。いい場所あったら、教えてくれよな」

「うん、わかった」

 月は綺麗で、絶望も明るく、二人の歩く道は長かった。

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