推しの一手
緋糸 椎
🀄
中学校の同窓会が開かれた。僕たちの世代はとうとう五十を超えたが、卒業してからというもの同窓会などこれまでついぞなかった。それが何の気まぐれか、その時の学級委員がやりたいと言い出して連絡してきたのだ。
さほど気乗りしないまま参加したら、案の定参加者はまばらだった。
場所は忘年会などでよく利用される居酒屋の座敷。たまたま座った席には男ばかり四人だったが今さら色恋沙汰を期待する歳でもないから、別段不満もない。
40年近く会っていないわけだから、自己紹介するまで誰が誰だかわからない。それでも名前を聞けば思い出すことができた。
相席四人のうち一人は、
二人目は
この二人は、今で言うスクールカーストの上部にいたのだが、三人目の
とりあえずビールで乾杯すると、誰から始めるともなく、それぞれが近況を話した。
「まあ最近の子供って言っても、やってることは俺たちの頃からあまり変わってないよ。アイドルの『追っかけ』やったりさ……おっと、今は『推し活』とか言うらしい」
「最近はなんでも活、活だな。婚活、妊活、終活……俺も聖子ちゃんファンだったけど、それも推し活になるのか?」
「そう言やおまえ、松田聖子の下敷とか持ってたよな」
「おう。神田正輝と結婚した時はショックだったな。俺、式場まで阻止しに行ったんだぜ」
「テレビで見たよ、式場にファンが詰めかけてデモやってるの。おまえもあそこにいたのかよ。当時の言葉で言えば、『ほとんどビョーキ』だな」
「そう言うおまえはどうなんだよ」
「……今だから言えるけど、俺の初恋は中森明菜だった」
と
「なんだ、おまえも結構『ビョーキ』じゃねえか……おい
今さらだが、
「僕は……菊池桃子が好きだったけど、比留君や素勅布君みたいに熱心ではなかったかな……」
「なんだよ、普通すぎて面白くねえな。じゃ幕坂、おまえはどうだ?」
すると
「ねえのか? あるだろ、おまえだって」
「人間……じゃなくてもいいですか?」
遠慮がちな質問。
「いいよいいよ、何だって。もしかしてあれか? 二次元の女しか興味ないってやつか?」
「そうじゃないんですけど……」
「なんだよ、もったいぶるなよ」
急かされた
「国士無双」
僕ら一同はキョトンとした。
「国士無双って、あの麻雀の役のことか?」
「そうです。僕にとっての推しは国士無双なのです」
「はあ? どういうことだ!?」
「僕は芸術家なんですけど……なんかの本で『国士無双』の図を見ましてね、なんと美しいカタチだろうと思ったんです。これこそ僕の目指した『美』だと思いましてね、麻雀を始めたんですよ。でも『国士無双』しか興味なくて、他の役で上がったことはありません」
「まさか……国士無双で決め打ちしてるのか!? そりゃカモられるぜ!」
「ええ。お金を賭けることもありましたから、これまで相当注ぎ込んで来ました。でも、国士無双にいつか巡り合えるのなら、そんな投資も致し方ないと思っています」
「国士無双が見たいだけなら勝負しなくても自分で牌並べればいいだろ」
「それじゃだめなんです。実際の麻雀の中で成立してこそ芸術的な美へと高揚するのです」
🀄
それから数日経って、
「なあ、この前のメンバーで麻雀しないか? 俺たち三人で幕坂をカモろうぜ」
俺たちとは、
「麻雀なんて……僕、ゲームでしかやったことないけど」
「十分だろ。国士しか知らない奴が相手なら、絶対勝てるって」
そうやってグイグイ押されると弱い。ツッパリの
🀄
その週の金曜日、同窓会で同じテーブルについたメンバーが雀荘に集まった。紫煙の立ち込める息苦しい空間……かと思いきや、店内禁煙で空気は澄んでおり、別室に喫煙スペースが設けられている。ちなみに
僕は実際に麻雀牌を触るのは初めてだったが、全自動で山積みしてくれるので、感覚はゲームとさほど変わらなかった。
「あの……喰いタンあり?」
僕は遠慮がちに聞く。すなわちタンヤオを鳴いて揃えるのはアリか、という質問だが三人は一様にうなずく。国士無双しか興味ないという
国士無双とは、
「ロン!」
「ロン!」
僕はイジメを傍観しているような罪悪感を覚えたが、当の
そうして振り込んではいるものの、安い手ばかりでさほど実害はないようだ。数回目の半荘が終わりに近づくと「あ、そろそろ帰らないと」と
いよいよオーラスとなり、
「ロン!」
何事かと思った。国士狙いなら
二索の対子を頭に、三索、四索、六索、八索の刻子。
「これは……
「しかも数牌のみの、ダブル役満だあ!」
僕らの驚きの視線を浴びながら、
「実は……あれから僕にも『ニ推し』が出来ちゃいましてね……」
推しの一手 緋糸 椎 @wrbs
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