推しの一手

緋糸 椎

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 中学校の同窓会が開かれた。僕たちの世代はとうとう五十を超えたが、卒業してからというもの同窓会などこれまでついぞなかった。それが何の気まぐれか、その時の学級委員がやりたいと言い出して連絡してきたのだ。


 さほど気乗りしないまま参加したら、案の定参加者はまばらだった。

 場所は忘年会などでよく利用される居酒屋の座敷。たまたま座った席には男ばかり四人だったが今さら色恋沙汰を期待する歳でもないから、別段不満もない。

 40年近く会っていないわけだから、自己紹介するまで誰が誰だかわからない。それでも名前を聞けば思い出すことができた。

 相席四人のうち一人は、比留 圭人ひる けいと。当時は変型学生服に身を包み、チェッカーズよろしく前髪を一束だけダランと長く伸ばし、それこそ十五で不良と呼ばれたツッパリ少年だった。現在は髪を短く刈り込んだ、いかにもオヤジ風だ。

 二人目は素勅布 徐伏すていぶ じょふす。当時は刈り上げてモミアゲを真っ直ぐに切る、テクノカットと呼ばれる髪型をしていた。なぜかいつも鉛筆でドラムを叩く真似をしていたのが印象的だった。現在はいい感じに禿げ上がっている。その風貌は、マンガに出てくる部長、或いは教頭という感じだ。

 この二人は、今で言うスクールカーストの上部にいたのだが、三人目の幕坂 漠まくざか ばくは僕と同じ下位グループにいた。当時、幕坂まくざかは勉強も運動もあまりパッとしなかったが、絵だけはうまかった。目立たず存在感がないの当時からあまり変わっていないが、今は長髪にロイド眼鏡の風貌がアーティストっぽさを醸し出している。


 とりあえずビールで乾杯すると、誰から始めるともなく、それぞれが近況を話した。

 比留ひるは土木作業員として建築会社に就職し、今は内勤で管理職についているとのこと。

 幕坂まくざかは芸大へ進み、卒業後は世界各地を転々と放浪の旅に出ていたという。今も定職には就かず、様々な仕事を転々としながら芸術活動をしているという。

 素勅布すていぶは小学校の教師をしていたが、訳あって辞め、今は学習塾の講師をしているとのことだ。

「まあ最近の子供って言っても、やってることは俺たちの頃からあまり変わってないよ。アイドルの『追っかけ』やったりさ……おっと、今は『推し活』とか言うらしい」

 比留ひるが眉をひそめた。

「最近はなんでも活、活だな。婚活、妊活、終活……俺も聖子ちゃんファンだったけど、それも推し活になるのか?」

「そう言やおまえ、松田聖子の下敷とか持ってたよな」

「おう。神田正輝と結婚した時はショックだったな。俺、式場まで阻止しに行ったんだぜ」

「テレビで見たよ、式場にファンが詰めかけてデモやってるの。おまえもあそこにいたのかよ。当時の言葉で言えば、『ほとんどビョーキ』だな」

「そう言うおまえはどうなんだよ」

「……今だから言えるけど、俺の初恋は中森明菜だった」

 と素勅布すていぶは年甲斐もなく顔を赤らめた。「どうしても生明菜が見たくて、コンサートの日は厚生年金会館で待ち伏せしたこともあった」

「なんだ、おまえも結構『ビョーキ』じゃねえか……おい乱離井らりい、おまえは何か推し活なかったのか?」

 今さらだが、乱離井 平次らりい へいじというのが僕の名前だ。

「僕は……菊池桃子が好きだったけど、比留君や素勅布君みたいに熱心ではなかったかな……」

「なんだよ、普通すぎて面白くねえな。じゃ幕坂、おまえはどうだ?」

 すると幕坂まくざかは少し言いにくそうに天を見つめた。

「ねえのか? あるだろ、おまえだって」

 素勅布すていぶが誘い水を向けると、

「人間……じゃなくてもいいですか?」

 遠慮がちな質問。

「いいよいいよ、何だって。もしかしてあれか? 二次元の女しか興味ないってやつか?」

「そうじゃないんですけど……」

「なんだよ、もったいぶるなよ」


 急かされた幕坂まくざかが、ボソッと言ったのは……


「国士無双」


 僕ら一同はキョトンとした。

「国士無双って、あの麻雀の役のことか?」

「そうです。僕にとっての推しは国士無双なのです」

「はあ? どういうことだ!?」


 幕坂まくざかは咳払いをした。

「僕は芸術家なんですけど……なんかの本で『国士無双』の図を見ましてね、なんと美しいカタチだろうと思ったんです。これこそ僕の目指した『美』だと思いましてね、麻雀を始めたんですよ。でも『国士無双』しか興味なくて、他の役で上がったことはありません」

「まさか……国士無双で決め打ちしてるのか!? そりゃカモられるぜ!」

「ええ。お金を賭けることもありましたから、これまで相当注ぎ込んで来ました。でも、国士無双にいつか巡り合えるのなら、そんな投資も致し方ないと思っています」

「国士無双が見たいだけなら勝負しなくても自分で牌並べればいいだろ」

「それじゃだめなんです。実際の麻雀の中で成立してこそ芸術的な美へと高揚するのです」

 比留ひる素勅布すていぶ、そして僕は互いに顔を見合わせた。こうなるともはや凡人には理解できない、至高の領域だ。


🀄


 それから数日経って、比留ひるから電話がかかってきた。

「なあ、この前のメンバーで麻雀しないか? 俺たち三人で幕坂をカモろうぜ」

 俺たちとは、比留ひる素勅布すていぶ、そして僕のことだ。

「麻雀なんて……僕、ゲームでしかやったことないけど」

「十分だろ。国士しか知らない奴が相手なら、絶対勝てるって」

 そうやってグイグイ押されると弱い。ツッパリの比留ひるには逆らえなかった、あの頃の感覚が蘇る。


🀄



 その週の金曜日、同窓会で同じテーブルについたメンバーが雀荘に集まった。紫煙の立ち込める息苦しい空間……かと思いきや、店内禁煙で空気は澄んでおり、別室に喫煙スペースが設けられている。ちなみに比留ひるは中学時代タバコを吸っていたが、結婚してからやめたという。

 僕は実際に麻雀牌を触るのは初めてだったが、全自動で山積みしてくれるので、感覚はゲームとさほど変わらなかった。

「あの……喰いタンあり?」

 僕は遠慮がちに聞く。すなわちタンヤオを鳴いて揃えるのはアリか、という質問だが三人は一様にうなずく。国士無双しか興味ないという幕坂まくざかも、さすがにこれは分かるということだ。


 国士無双とは、么九ヤオチュー牌、すなわち数牌の一と九、字牌の全ての種類を全て揃える役だ。つまり数牌のうちニから八までは必要ない。

 幕坂まくざかの捨てる牌を見ると、みごとにニから八の数牌ばかりだ。比留ひる素勅布すていぶはあからさまに幕坂を狙っている。

「ロン!」

「ロン!」

 僕はイジメを傍観しているような罪悪感を覚えたが、当の幕坂まくざかは平然としている。彼の脳裏には来る国士無双へのビジョンしかないのだ。その姿はさながら成功を夢見ながらピンチをしのぐ実業家のようだ。

 そうして振り込んではいるものの、安い手ばかりでさほど実害はないようだ。数回目の半荘が終わりに近づくと「あ、そろそろ帰らないと」と素勅布すていぶが言い出した。それでこの回で終わることになった。

 いよいよオーラスとなり、比留ひる素勅布すていぶはすっかり勝ち逃げ気分でホクホクしている。しかし幕坂は愚鈍なほどに国士狙いを匂わせる。二萬リャンワン、三ピン、四萬スーワン……比留ひる幕坂まくざかがまた振り込まないかとニヤニヤ待ち構えている。そうして比留ひる六索ローソウを捨てた時……


「ロン!」


 幕坂まくざかの声が上がった。

 何事かと思った。国士狙いなら六索ローソウは安牌の筈。そして幕坂まくざかが手を開くと……


 二索の対子を頭に、三索、四索、六索、八索の刻子。


「これは……緑一色リューイーソー!」

「しかも数牌のみの、ダブル役満だあ!」

 比留ひるは顔面蒼白となった。

 僕らの驚きの視線を浴びながら、幕坂まくざかは恥ずかしそうに頭をかいた。


「実は……あれから僕にも『ニ推し』が出来ちゃいましてね……」

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