カメコさん 🥳
上月くるを
カメコさん 🥳
近所の病院の別棟の窓から、ちようど同じくらいの高さに高速道路が見える。🚗
たしかエレベーターで6階へ昇って来たはずだが、どういう位置関係だろう。🏢
いつもの散歩道からはせいぜい行きかう車列の屋根の先しか見えないのに、東京へ向かう上りも北陸へ向かう下りも、トラックの荷台の中身まで判別できる。不思議。
――コロナが流行してから、日暮里繊維問屋街にも閑古鳥が鳴いているだろうね。
つい数年前までは、自分で愛車を運転して世界各国の珍しい布地を買いに行った。
だが、可愛がっている姪が、その歳ではもはやと心配するので、渋々諦めている。
車の運転は、スポーツジム通いと並ぶ老後のカメコの生き甲斐だったのだが……。
でもまあ、世間では70代で早くも免許返上する人が少なくないというからねえ。
****
当初は、ひと冬で退散と故なき期待をこめて考えられていた新型ウィルスが意外にしぶとく居座っているので、高齢者を先頭に3回目のワクチン接種が始まっている。
初めてのこととて国も行政も混乱を極めた前2回とちがい、郵送されて来た接種券に指定の日時にインターネットで申しこむと、希望の会場がスムーズに確保できた。
前2回はいわゆる大規模接種会場だったので受付からして大行列で大変だったが、日に何人と制限している地域の病院では、なにをするにも負担が少ない利点がある。
――ふふふふ、それにしても、ねえ……。ヾ(@⌒ー⌒@)ノ
カメコは思う。🐢
やっぱりだわ。🐳
受付で用紙を出すと、生年月日を確認したスタッフがカメコの顔を二度見した。
別に珍しいことではなく、このあと待っている問診や接種の医師も同様だろう。
――88歳!🎊
うそっ?! と言いたげな若造や小娘の表情を見るのは、ちょっといい気分だ。
実際、同年齢はむろん、もっと年下であっても介助者なしの人は見当たらない。
まして、上から下まで有名スポーツブランドの高級カジュアルでかため、手作りの粋なポシェットを斜め掛けし、びしっと背筋を伸ばして闊歩する88歳などは……。
――してやったり!(≧▽≦)
カメコはニンマリするがそれはあくまで内心のこと、実際は黄色の縁の若者メガネの奥の、真っ黒にして意志的な眸で相手の目を凝視し、艶然と微笑んで見せる。😎
だって当たり前だよ、定年後は身体づくりを仕事と決め、2時間の筋トレを欠かさないんだもの、これで若くなかったら、筋肉が嘘をつくことになるじゃない。💪🏋️
*
休館日を除いて皆勤のスポーツジムでは陰で「
――だってさ……。(*´ω`*)
長年の独り暮らしの自問自答に決まって出て来る反語が、ここでも顔を覗かせる。
――実年齢は88歳のわたし、ジムで測定した体力年齢は40代なんだもの!🤭
この驚異的な事実をジム仲間に言いたくて仕方がないが、そこは敢えて我慢する。
ジムの宣伝も兼ねトレーナーに喧伝してもらうほうが何倍も効果的と知っている。
きゃあ、すご~い!😃🤗
さすがカメコさん!🤠🤩
賞賛に鷹揚に微笑んでいると、気の利いたトレーナーなら付言してくれるはずだ。
「プロも顔負けの完璧な腹筋連続100回なんて20代のメンバーにもいませんよ」
こうして勝ち取った「主」「お局さま」だから、だれにも文句なんか言わせない。
ゆえに東京本部から派遣されている総支配人にすら、一目も二目も置かれている。
****
間隔を空けたパイプ椅子に座ったカメコは、ポシェットから文庫本を取り出す。
最新の白内障手術を受けてから、好きな歴史小説を裸眼で読めるようになった。
介護職員に付き添われた高齢者のなかで異質に見えようが知ったこっちゃない。
世間がどうあろうと、わたしはわたしと決めてから、かれこれ60余年になる。
そのころ、カメコは首都圏の国立大学病院で看護婦(当時の呼称)をしていた。
結婚を約束していた外科医師が赴任先のタイで事故死してから人生が暗転した。
心身を病んだあと帰郷し、地元の中堅病院で働き、最後は婦長で定年を迎えた。
青春の季節にめぐり逢った彼を凌ぐ男性には、ついに会えずじまいだった。💦
*
ただひとつの愛を貫いて最後まで独りで生き抜くには、それなりの覚悟がいる。
いつ彼のもとに旅立ってもいいように、姪たちに迷惑をかけないようにと……。
――つぎ、受付番号6番の方~。📒
問診担当の看護師が呼ぶ声がする。🥼
カメコはすっときれいに席を立つ。🪗
カメコさん 🥳 上月くるを @kurutan
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます