推しがよく死ぬ友人の話
古月
推しがよく死ぬ友人の話
なにやら気配を感じると思うや否や、背後から腰に組み付かれた。ラガーマンのタックルにも匹敵しそうな一切の力加減を無視した全力の突進だ。やめろ悪質タックルは腰に響くと文句を言うよりも早く、そのタックルの主は真っ赤になってしまった目でこちらを見上げてくる。
「また推しがぁぁぁぁぁぁ推しが死んだぁぁぁぁぁぁ」
タックル同様、遠慮のかけらもない大号泣。これが学校からの帰り道だということを彼女は忘れてしまっているのだろうか。
ああうん、忘れているな、これは。さもなければ今をときめく女子高生が大衆の面前でこんなにも見るに耐えない姿を晒すはずもない。涙はともかく鼻水出てるぞ。
「はいはい、今度はどの推しが死んだのさ?」
鼻水を制服に付けられないよう額を押して引っぺがしながら問うてみれば、彼女の表情は一転、ギリリと奥歯を鳴らしながら憤怒の色に変わる。
「ちょっと、人が嘆いているのにその反応はないでしょ!」
「最後に同じこと言って就寝前の僕に通話してきたのいつだか覚えてる?」
「やめろ思い出させるなこのド畜生!」
今度は癇癪を起した子供のようにピーピー騒ぎ出す。やめなさい花も恥じらう年頃の乙女が雑草にさえも嘲笑われそうな行動をするのは。将来お嫁に行けなくなってもよろしいか。
暴れる彼女をなだめすかし、僕らは帰宅路途中のファミレスに入ることにした。注文はもちろんドリンクバーのみ。
「とにかく! 今日発売のアレは見た?」
「アレって……ああ、アレね」
指示語だけでそれが何を意味するのか通じる程度の仲はある。今日発売で彼女が興味を示すものと言えば、週刊マンガ雑誌に掲載のあの作品に違いあるまい。こちらとしては特別興味のある作品ではないが、たまに無理やり単行本を押し付けられるので内容は把握している。王道なバトル漫画だと記憶しているが。
「そういえば言ってたっけ、あのダンディーな感じのキャラが素敵だって」
「そう! そう! そう!」
どうした、語彙は学校に置き勉か?
とはいえ、もうこれだけで彼女の言わんとしていることは理解した。
彼女は「推しがよく死ぬ」という病を患っている。
漫画やアニメ、ドラマのキャラクターを推せば高確率で最終回までに退場する。それだけならばよくある話だ。その嗜好が「退場しやすいキャラ付け」だからと説明できる。今回退場したというキャラクターは皆の指導者役的立場の人格者だった。そういった人物はえてして主人公の行動付けのために早期退場させられやすい。
ただ、彼女の場合はちょっとタチが悪い。影響範囲が創作物の中に留まらないのだ。
俳優を推せばスキャンダルで引退し、声優を推せば高齢のため急逝する。バーチャルな世界なら大丈夫だろうとVtuberを推してみれば、ある日突然一身上の都合とやらで活動休止してしまう。
とにもかくにも、彼女が推した相手はそのことごとくが何らかの形で「消失」してしまうのである。
「退場したといっても、二度と出番がないとは限らないだろ? 実は生きていましたって形で再登場するかも」
「致命傷を負わされた状態で崖から車ごと転落、なおかつ爆弾で木っ端みじんにされても復活の望みがあると仰る?」
「ごめんなさい見事な散り様です」
フォローのつもりが墓穴を掘ってしまった。さりげなくネタバレされていることはスルーしておこう。
「もう嫌だぁぁぁぁぁぁどうじでぇぇぇぇどうじでぇぇぇぇ。
「いや、まあ、うん。……推しを作るのをやめたら?」
よく言うじゃないか、悲しく苦しいことならはじめから要らないとかなんとか。
が、これは彼女の逆鱗に触れたらしい。ダン、と握りしめた拳をテーブルに叩きつける。前後左右の座席から視線を向けられたのを感じた。あ、店員さん違います痴話喧嘩じゃないですお気になさらず。
「推しがいなかったら……推しがいなかったら! 生きている価値なんかないじゃない!」
「そこまで!?」
「そこまでのことなの!」
ここで一度深呼吸。からの。
「いいこと? 推しっていうのはね、必須栄養素なの。わかる? 必須栄養素は常に定期的に摂取しないといけないの。摂取しないと死ぬの。酸素や水と変わりない存在なの。決して欠かすことなんかできないものなの。それだけじゃない、もし明日万が一にも街角で推しとばったり出くわしたり国の法律で推しと会うことになったり異世界転移して推しのいる世界に行くことになったらなんて考えたら、ダイエットははかどるし勉学にも身は入るしダサい下着なんか身に着けていられなくなってオンナは磨かれるしのいい事づくめなの」
店員さん、やめてください。苦笑いしながら別席に注文取りに行かないでください助けてください。彼女一度火が付いたら止まらないんです。コーヒーのお代わりを取りに行きたいのに席を立てる空気じゃないんです。
「それを言うに事欠いて、作らなければいい? 冗談はその顔だけにしてよね。そもそも推しっていうのは作るものじゃなくて、巡り会うものなのよ。運命なのよ。運命に抗うなんてできるわけないじゃない。出会ってしまったからには推して推して推しまくる、それ以外にはあり得ないの。推さないなんて選択肢は神への冒涜――じゃなくて、推しへの冒涜に繋がるの。ねえわかってる? 話聴いてる?」
「わかった、わかったから。今のは僕の失言だったと認めるよ」
なんか一瞬酷いこと言われた気もするけど聞かなかったことにする。
わかればよろしい、と満足気にオレンジジュースを一気飲み。ひとしきり鬱憤を吐き出して回復したかのように見えたのもつかの間、またテーブルにばたりと突っ伏した。
あ、違います店員さん。毒とか盛ってないです。彼女は生きています。
「んあぁぁぁぁぁぁん、でもやっぱり推しがいなくなるのはつらいよぉぉぉぉ。もう推しには消えてほしくないよぉぉぉぉ」
「そうはいっても、今回の場合はストーリー展開の都合もあるだろうしね。作者の一存なんだから仕方ないよ」
慰めのつもりでかけた言葉だったが、彼女はしばしフリーズしたかのように動きを止めてしばし、突如がばりと顔を上げた。
「そうか、そうだよ。こんなことになったのは全部私が弱かったのが原因なんだ!」
またなんか変な火の付き方をしたぞこやつ。
「えーっと、それはつまり?」
「私の推し活が十分じゃなかったんだよ、推せていなかったんだよ。真実推しを推していたなら、わたしは推しがどれほど素晴らしい存在か作者にファンレターを百も千も送れたはずなんだよ。そうすれば作者は推しを退場させることなんかなかったはずなんだよ。それだけじゃない、私が影ながらあの俳優のボディーガードをしていればスキャンダルを取られることはなかったし、医学の発展のために寄付していればあの声優ももっと長生きできたし、万単位のスパチャで支援すればあの
「うん、まあ、そうとも言えるのかな?」
とんでもなく飛躍した思考があったようだが、下手なツッコミを入れようものならどんなことになるやら予想もつかない。ここは適当な相槌で流すことにする。
「あああああ、そうとなったらこんなところにいられない! 私は帰るよ! 帰って推し活しなくちゃ! まずは感謝の正拳突き一千回から!」
実例が世に存在するだけに冗談なのか本気なのかわからない宣言を残し、彼女は呼び止める隙もなく外へと飛び出していった。支払いは僕任せかな?
一人取り残された僕はスマホでSNSをチェックする。彼女のアカウントは昼頃にこの世の終わりを嘆くかのような投稿をしていたが、数十秒前にまたハイテンションな投稿がなされている。
よかった、いつもの彼女だ。
『夏休みには友人も連れて山ごもり、推しのために毎日一万回の正拳突きだ!』
……その友人って誰のことだろう?
いやまあ、仮に嫌な予想が的中したとしてもそれはそれでいいじゃないか。彼女が人生を謳歌しているなら、それを見ている側も満たされるというものだ。あるいはもしかすると、これが彼女の言う「推し活」に通ずるものなのだろうか。
以上、押しがよく死ぬ推しの話である。
(完)
推しがよく死ぬ友人の話 古月 @Kogetsu
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