「祈り」 ~ミカンイロ王国のお話し~ 後編

 

すべての国を巡る特権を持っていた特別な商人たちが、ついにアオイロ王国に入れなくなる日がきてしまいました。

そうしてもうアオイロ王国の様子を知る人がいなくなったころ。

ミカンイロ王国の王様からの遣いの者が女の子の村にやって来ました。

ミドリイロ王国の王様がミカンイロ王国の王様に助けを頼んだと言うのです。

ミカンイロ王国の王様は、国中の町、国中の村から屈強な男を一人ずつ選ぶようにお触れをだしました。

女の子の村で一番の男といえば、女の子のお父さんをおいてほかにありません。村人は顔を見合せました。

屈強ではありますが、心の優しい男なのです。とても兵士に向くとはいえません。でも、王様からの命令です。お父さんは王宮へ行くことになりました。

明日が出発という日、一羽のワタリドリが女の子のところにやって来ました。ワタリドリは青いリボンで結ばれた一通の手紙を届けました。

その手紙にはアオイロ王国の文字で

「みんなトモダチ。けんかはやめて。」と、書いてありました。

「アオイロ王国のみんなも、決して戦いたいわけではないのだわ。」

お母さんが悲しい声でポツリと言いました。


 お父さんが王宮に向かう朝、女の子はお父さんに花畑で一番美しい花の蕾を一輪、贈りました。

「お父さんに毎日、毎日蕾を届けるわ。

この花が両手いっぱいになる前に帰ってきてね。」

お父さんは花の蕾を襟元にさして、王宮に向かいました。

ミカンイロ王国の王様はすぐに兵士をつれてアオイロ王国とミドリイロ王国の国境まで出向きました。

女の子からの花の蕾は毎日一輪ずつ届きました。毎日、毎日一輪ずつ。

不思議なことに、いまにも咲きそうな蕾なのに咲く気配はありません。そのうちお父さんの腕でも抱えきれない数になり、ミカンイロ王国の兵士全員に行きわたり、一緒に国境を守っているミドリイロ王国の兵隊たちに渡せるほどの数になり。それでも花の蕾は毎日届きました。

毎日一輪ずつ届く蕾の噂は、ミカンイロ王国の王様の耳にも届きました。お父さんのいるテントにやって来たミカンイロ王国の王様は、咲きそうなのに開くことのない不思議な蕾を見て言いました。

「これは我がミカンイロ王国の国の花。向こう岸に陣をはるアオイロ王国の兵士たちには珍しかろう。半分向こうの兵士たちにやってはもらえまいか。あれだけ物々しい出で立ちなのに、奴らは川を渡っては来ぬ。

なにか理由があるに違いない。この花がなにかのきっかけになるやもしれん。」


 翌日、ミカンイロ王国の王様は一艘の天蓋つきの舟を仕立て、女の子の花の蕾たくさんを乗せて川に流しました。

対岸のアオイロ王国の兵士たちは流れてくる舟をとても警戒しました。しかし乗っているのが花だけだとわかると舟を引き寄せ、兵士を率いる将軍のところに運びました。

将軍の立派なテントに周りには、舟に乗ってきた花を見ようとアオイロ王国の兵士たちが集まりました。

その時です。

いままで咲きそうで咲かなかった女の子の蕾が、一輪、また一輪と花びらを広げ始めました。暖かい木漏れ日のようなミカン色の愛らしい花でした。

すべての花の真ん中には不思議な光の粒が乗っています。以前女の子が畑で手にしたあの不思議な光です。光の粒は花の色を映してほのかにミカンイロになっていました。

キラキラと輝くその光を見ていると、兵士たちは家に残した家族に会いたくてたまらなくなりました。

「我々は、なんでこんな所にいるんだろう。」

「もうすぐ寒い冬がくる。そろそろ冬支度を始めないと年老いた母が凍えてしまう。」

「早く帰ってやらないと、妻と幼い息子だけでは冬中の薪を用意できまい。」

兵士の心は家族のもとへと飛んで帰りたくなりました。それは軍隊を率いる将軍も同じことでした。


 同じ頃、国から遠く遠征してきているアオイロ王国の軍隊に、イロイロな国から果物や飲み物やパンが届くようになっていました。

不思議なことに、そのプレゼントにはすべてキラキラと光る光の粒がついているのです。プレゼントを受け取ったアオイロ王国の兵士たちは、一日も早く戦いを止めて家に帰りたくなったのでした。


 そのころアオイロ王国の王様は王宮の一番奥、冷たい石の円卓でミドリイロ王国からの報告を待っていました。戦いのはじめのころは勝利の知らせが多く届いていたのですが、最近はその知らせも間遠くなっていました。良い知らせでなければ怒鳴り散らすので、気の弱い大臣はもうその部屋に寄り付きません。円卓の広間には鬱々とした闇黒が漂っているようでした。

「コワイ、コワイ」

「ナゼ、ワカラヌ」

「ツライ、ツライ」

「ナゼ、シタガワヌ」

「サミシイ、サミシイ」

「ワシハ、ツヨイ」

「サムイ、サムイ」

「ナゼ、ソンナカオデコチラヲミル」

部屋に漂う暗闇がアオイロ王国の王様の心を代弁します。しかし、それを聞いているのはもう暗闇だけでした。


 秋が終わり木々が葉をすっかり落とした頃、アオイロ王国の軍隊は少しずつアオイロ王国の王宮へと引き返しはじめました。

イロイロな国から渡されたイロイロな色の光の粒に背を押されるように。

アオイロ王国の大臣は、王様の怒りが恐ろしくて兵士たちが戻ってきつつあることを伝えることが出来ません。

王様の知らぬうちに多くの兵士が王宮へと戻ってきました。


 多くの兵士とともにあの不思議な光の粒も王宮に集まりはじめました。

それはアオイロ王国の王妃様がなくなられたときに塔から溢れた光でした。塔から溢れたたときは薄い青色だった光はイロイロな国のイロイロな色を宿して還って来たのです。

すべての色が集まると白く輝く光となりました。

光は、冷たい円卓に座るアオイロ王国の王様を抱きしめました。

「みんな、あなたのことが大好きですよ。

さあ、見渡してみてくださいな。」

そして、一瞬で暗闇は砕け散りました。


そんな風だったと、白い光を見送った大臣は皆に言いました。


そんなことがあって数日たったころ、ミカンイロ王国の片隅に暮らす女の子のところに、やっとお父さんが帰って来ました。

女の子もお母さんも、もちろんお父さんも、涙ぐんで再会を喜びました。

畑の花はもう、すっかりなくなっておりました。

「さあ、明日からまた花を育てよう。」

お父さんは女の子の頭を撫でて言いました。

そして、不思議な光を宿した女の子の花の話しを始めたのでした。


            おしまい


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 ~ミカンイロ王国のお話し~ 小烏 つむぎ @9875hh564

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